それぞれ夢は違っても・・・

午後6時。
淀屋橋駅から徒歩で御堂筋を梅田へと移動した。
アテネオリンピックが開催された4年前
S保育所で4月から海の日まで過ごした日々は、大阪市庁舎の前を通過したこの通学路とも重なっている。
当時、担当していた障害児のS君への個別支援をよりよいものにしたいと発起して、臨床心理士を目指し、大学院予備校へ10ヶ月間通学した。
おかげで、その年の11月無事、H大学大学院の幼年教育コースに合格を果たした。

無事にといっても、昼間は保育、夜週3回の予備校、土日は心理学のレポートという10ヶ月間はやっぱり楽ではなかった。
思い返せば、大学院在学中よりも予備校受験生おばさん時代の方が余程、苦学した気がする。

まずもって、30代半ばのハイミスが現役の20代の若者に交じって英語も心理学も基礎からやり直し。「もう、自分は結婚しないだろう。だったら、なけなしの自己投資でもう一度大好きな心理学を学びなおしたい。」
当時から今まで変わらぬリストラに次ぐ、リストラ。
福祉教育切捨て市政の下、転職の度に泣いてばかりいた使い捨てアルバイトおばさん生活にほとほと嫌気がさした。
自分なりに捌け口を求めての自己救済の突破口と、ABA(応用行動分析学)に対する未知への好奇心が、自分を支えていた。
淀屋橋から梅田まで運動がてらに徒歩で気分転換しながら交通費を節約した。
脇目も振らずに梅田の繁華街の雑踏を駆け抜けた。

・・・という苦労話はここまでにして
お初天神の社で一礼した。
「ん?ゆきんこと同い年の男性は、来年、本厄やんか」

旭屋書店に寄り道。
「図解 なりたい自分になれるNLPコミュニケーション練習帳」
(著者 木村佳世子 2008年5月28日初版 秀和システム ¥1000) を衝動買いしてしまった。

そこから、曽根崎警察署の裏側を通過して着いたところは、梅田花月があるビル内の居酒屋。
「久しぶり~」
午後7時
にこやかに、大学院の幼年コースの仲間が集まった。

日ごろの鬱憤が溜まっているのか、話したいことが山ほどあるのか、
修了生も在学生も、それぞれの分野の話であっという間の2時間だった。
勝ち組の幼年教育現職正職員の先生は、相変わらず悠々自適振り。
それでも、大学院経営事情に詳しいK先生からは、学長をめぐる学閥抗争や、
通学に不便過ぎる田舎の大学が国費を打ち切られ、近々、取り潰しの対象になっていることをきいた。
恩師の諸先生方は、相変わらずの忙殺スケジュールに勤しんでいらっしゃる様子で、他大学へ退官する先生の話も出た。

修士号を取ったからといって、
猫も杓子も修士の時代。
幼児の絵画・造詣教育とアドバイザーを兼任する3年生のN氏は、先日論文の中間報告会で
後輩にあたる幼稚園のベテラン管理職から槍玉になったらしい。
なかなか、「主観的」であることが払拭できないと、一人よがりの発表ではたちまちに
「それは、あなたの偏見、思い込みでしょう?」という反論を受けてしまっては、
学会から正当に評価される論文とは言えない。

似たような研究報告だけでは、研究者も生き残っていけない時代だ。
「修士号だけではどうにもならないですよね。」
「そうなんだよね~。」
「Mさん、今はどうしているんですか?」
「とりあえず、実績作りだよ。今、4社からリレー投稿の依頼を受けているんだ。大桃美代子とか芸能人の連載記事なんだけど。」
「すごい!有名人じゃないですか!」
「でも、単発の投稿じゃ仕方ない。無名のままで消えてしまう。今は、2つの大学で非常勤講師とアルバイトで食いつないでいるけど、子どもたちに家族サービスもできなくて我慢させているよ。」
「じゃあ、将来的には、博士課程ですか?」
「もちろん、50歳になるまでに、東京大学をね。」
「ええ!東大の大学院!?」
「だって、僕の研究分野は東大以外にないんだもの。」
「そうですか。私のイヌの研究だって、実は海外と東大しかなかったんですよ。
 先行研究には苦労したけど、お陰で、発表のときにはブーイングもなくて済んだのかも。」
誰も関心払ってないオリジナルな研究って突っ込みようがありません。
学校や幼稚園・施設でイヌを飼おうなんている発想は、管理職にはありませんからね。」

ここでも、結婚してから新しく作った名刺を差し出してみたが、メンバーは殆ど無反応に近かった。
というよりも、自分のはまっていることをいかにアピールするかが、大学院というところだから、
海外の保育事情、太鼓での表現活動、親子スポーツ健康学などなど、一口に幼児教育といっても、
所詮、研究分野も話題もちぐはぐだ。
共通点は研究することと自身の懐のバランスとに苦闘していることだった。

それでも、集まった7人の同士全員に名刺を配ると正面に座ったNさんが質問してくれた。
「最近、私がかかわったお子さんで、どうも場面かんもくらしいという情報を得たよ。
幼稚園から小学校へ入学したんだけど、症状が改善せずに御母さんが心配しているらしい。
今は、どんな活動をしているの?」
「専門家はいないですから、当事者と保護者中心の自助活動です。
主には、HPの掲示板上での情報交換です。最近では、遠隔地でのオフ会も開いています。」
「へえ~、すごいね。もう一枚名刺もらってもいいかな?お母さんに紹介するよ。」
「一枚といわず、何枚でも!」
「いや、一枚で十分・・・」

久しぶりにアルコールカクテルを飲んだら、もう2次会へ行く気力はなかった。
仕事で遅れて参加したNさんは、明日も早朝から仕事だというのに、やっぱりタフだ。
独身組5名が連れ立ってお茶しにいくとお初天神通りの入り口で別れた。
朝から晩まで異動の多い、それぞれの半生を仕事に滅私奉公してきた女性たちは逞しい。
だけど、気がつけば働き盛りを子育て支援に尽くした少子化の張本人だったりするところがなんだか皮肉だ。

これから博士を目指すというTさんとJR大阪駅へ向かった。
「研究の道に入った以上、有名にならなくちゃ、生業にならないですよね。
私も根がミーハーだから、有名になるって大変だし、自分の人生を賭けてやり遂げられるって誰にもできないすごいことだと思います。
でも、そのために誰かを犠牲にしてまで有名になったのなら、私は単純に有名であることでその人が
尊敬に値する人なのかどうか、論文を書くことで、手前味噌な結論で説得力に欠ける論文は評されないことがわかって、反対にシビアに考えるようになりました。
自分だけのの栄誉欲のために家族や身近な人に犠牲を強いて掴んだ栄光なら、最後にはその恩恵を返すべきではないですか?
そうまでして、掴む栄誉なら無名でも地に足つけてがんばっている人の方が余程、尊敬できる人のように思います。
結局、修士までとってもどうにもならない高学歴プアカップルだからなんですけどね。」

なんだか私、お説教くさいオバタリアンになったみたい!?

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