ゆきんこの引き出し

日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。

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アテネオリンピックの年に紀伊国屋で発見した翻訳書を入手した。

府立図書館から拝借したその専門書の返却期日は明日まで。
大学図書館なら夏期休暇中なら2ヶ月は貸し出してくれる。

しかし、修了した今、北京オリンピックが来るまで読まずにいたのは、自分のせい。
ABAの初心者から脱する気配も、今更セラピストになる可能性もない私が読んでも
仕方がない518ページにも渡る分厚い本だけど、
明日、返却するのは名残惜しいので、とりわけ印象に残った文章を引用・転写させていただきます。(私のブログなんて誰もアクセスしてませんから・・・)

「セラピストが初めて患者に出会ったとき、(患者から)"問題”を与えられる。
患者は常に不利な行動や危険な行動の新しいパターンを、行動を理解する新規の経歴とともに示す。
しかし、セラピストは最終的に"何が悪いかを見つけ”、行為を矯正するコースを示唆できるだろう。
それが問題に対する彼の解決である。
しかし、そのような解決が個人に提案されたとき、たとえそれが正しくても、必ずしも効果的でないことは往々にしてある。
しかし、もし患者が自分自身でその解決に至ることができたら、彼は効果的なコースを選択する可能性が非常に高い。
(中略)
誰が見つけたにしても"解決を見つける”ことが治療なのではない。どこに問題があるかを患者に話しても問題となる独立変数を効果的に変化させることにはならず、したがって、治癒への進歩もほとんどありえない。どこに問題があるかを発見した場合、解決が患者自身のうちからもたらされ、それが重要というのではなく、彼自身で解決を発見できたことは、実はその問題に関連する行動が大きく改善されたに違いないことである。
セラピーは、患者に自分の問題を発見させることではなく、患者が自らそれを発見する方法で患者を変えることである。」


ところで、
私は自分が何者なのか、どうして生まれてきたのかという自問自答に回答できていない。
ABAを完璧に理解していないくせに、励行してきたことがある。
無駄と思える徒労に過ぎない障害児・者支援の日々の積み重ねのなかに、自己満足的な変化を見出すときだ。

例えば、現在の施設で最も成長したと感じる利用者の女性Mさんの行動変容があった。
4月からGWにかけて彼女の失禁の回数は1日に10回近くだった。
私は彼女の腰元のようにトイレと更衣室を往復し、下着やトイレを洗って過ごした。
この失禁行動の減少を目標に、1ヵ月後には一連のトイレットトレーニングがだいたい確立して、
私のサポートなしに自分で用を足し、失禁はゼロになった。
彼女に幼児期に出会っていたらもっと楽に身辺自立できたのじゃないか?
これまで彼女にかかわってきた人々は何をしてたのだろうとも思った。

それだけでも、すごいと思うけど、
真夏の炎天下でトマトの収穫を一番してくれたのは、Mさんだった。
無発語のMさんの知的水準は私の推測では1歳半にも満たないだろう。
Mさんが1日も休まず、笑顔で送迎車に乗り込み支援者とがんばってくれたこと。
これくらいしか、私にはご褒美といえるものがない。
事実、授産施設は赤字が膨らんでいく一方で、ボーナスもない。
施設長には、
「すごい履歴だけど、ゆきんこさんってこの施設では何ができる人なのかわからないわ。」
と凹まされ、モチベーションも口角も下がった。

なぜ、自分もジリ貧で慢性的な疾患があって、病んでいる実家と婚家を引きずって、
いつ、どこで利用者の誰かが、事故や発作を起こすかどうかハラハラドキドキしていても
ほんの一瞬、ひきつり笑顔でいられるのか?

「ブリッコだなあ」(嫌子)とPさんはゆきんこの傷心を慮ってくれないけど、
食事の後かたづけの食器洗いをオペラントにやってるらしいし、お義父さんとお義母さんは、
笑顔で私を迎えてくださる。(いずれも好子出現による婚家訪問行動の強化?)

それは、ABAの師匠たちとスキナー博士のお陰といえば、あまりにも拡大した論理の飛躍なんだろうか?

公私共にトイレに入っている時間がいささか長めの私だけど、
排泄行動は、実は人類の永遠不滅の研究テーマなんじゃないかと思っている。
確か、I先生の研究論文にもあったよね!?
ゆきんこ特選
B.F.スキナー博士の名文引用の続きです。
「人間が自分自身をコントロールするとき、行為の方向性を選択するとき、問題の解決方法について考えるとき、あるいは自己認識を高めようとするとき、人は行動しているのである。
そのような人の行動は分析対象であり、最終的にはその人の周りに存在する変数によって説明されるべきである。

純粋な私的出来事は、行動に関する研究、あるいはおそらくいかなる科学においても全く取り扱われてこなかった。
しかし、少なくとも一時的には、本人のみに影響を受ける出来事も、たびたび他の公的出来事とのつながりの中で生起しているのであり、それらの出来事は考察されるべきなのである。」


・・・というわけで、
I先生が壇上で「好きならできる」と言っていたことや、ブログを作るように水面下で確立操作していただろう見えざる「手」も見えてきた。
はてさて、こうしてとりとめもなく転載している間にブラウン管から福原愛ちゃんが対韓国戦で平野選手に拍手を贈る映像が配信されてきた。

そして明日の今頃は、無事退勤して田んぼ道を自転車で帰る途中かな?
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うひひ♪ゆきんこさん、見つけた(^◇^)ノ
ゆきんこさんは、ブログをされてたんですね~
知らなかったです!早く言ってくれれば良かったのにぃ~ゆきんこさん♪
なんて思いながら読ませていただきました!
お仕事の話とか、何だか自分と重なるところが多く「わかる!わかる!そうなんだよね~」なんて独り言を言いながら読みましたぁ。

ゆきんこさんらしいブログ。実に面白い!
面白いって感想も変ですか?
自分らしさが出せるって素敵だな~って意味です(*^。^*)
ちょこちょこ覗きに来ますね♪

2008.08.20 23:24 URL | メイ #MFdhvRHM [ 編集 ]

メイさん
よく見つけましたね。びっくりしました。
どうやってわかったんだろう???すごいなぁ
面白いと評してくださって嬉しいですよ。
こちらは、ひとりよがりに好き勝手なマイワールド
ですが、お互い現実を大切にネットにかまけすぎないように気をつけましょう。宜しくお願いします。

2008.08.21 21:23 URL | ゆきんこ #- [ 編集 ]












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