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Pさんやお義父さん、義母さんは晩餐の度に私の仕事をいつも気にかけてくれていた。

「ゆきんこさんは、何がしたいの?」
Pさんの質問にその時、本心は言えなかった。

「かんもく症の研究と支援 こぐまクリニック」

障害者授産施設での日々の勤務が私の心身の大きな負担になり、このままではまたバーンアウトするかもしれない・・・
ケアレスミスが積み重なっていつかは大きな事故になってしまうかもしれない。

ひとりひとりの利用者さんたちは、成人に達してもやはり特有のかわいらしさや純朴さ、
嘘偽りのない言動がかけがえのない個性で、私は日ごとに単純作業を通して彼らとの親交を深められたと思う。

けれども私の場合、20代からこの仕事を続けてきて、危険と隣り合わせにひやひやはらはらしながら
薄給生活にも健気に耐えてきたつもりだった。
2000年以降は非正規雇用者が増産された。
精神的にも経済的にも不安定な状態で多くの障害児の方々とかかわってきた。
履歴が積み重なるたびに、重篤なケースを任され、その度にバーンアウトしてきた。
大学院で心理学を学びなおし、現場に還元するための再スタートも、結果は同じだった。

100坪の白地の畑を一瞥し、最重度の☆班を率いてきたキャリア26年ベテラン支援員のO氏は言った。
「死ぬと思った・・・」
6月から7月にかけてO氏の辞職を仄めかす発言が多くなり私も次第に不安を煽られていった。

北京オリンピックが終わり、100坪の畑は8月の終わりにかけて様相を変えた。
授産施設で長年農作業にも取り組んできたベテランのT氏や若手の男性支援員も加勢して毎日畑へ出てきて畝を新しく作り直すことになった。
平日、都合のつく保護者も雑草抜きを手伝ってくれることになった。

そして、週明けには私の辞職が正式に伝えられた。
そのせいか、周囲は私に優しく接するようになった。
私と挨拶さえしてくれなかったTさんも、挨拶を返してくれるようになり、
帰りがけには「これ、食べなさい。」と机に飴を置いてくれた。

O氏の主導・ゆきんこがフォローという6人の重度の利用者さんたちの支援体制もようやく軌道に乗り
なんとなく和気藹々とお互いが心地よく過ごせる雰囲気になったのは、盆休みが明けてからだった。

「ちゃんと事故がないように無事に仕事するのよ。」
「は~い。」
これが、朝一番の老母とパラサイトシングルまがいの年増の一人娘の台詞だ。
そして一昨日の勤務最終日まで、退職する気持ちなど微塵もなく清清しい気持ちでこの1週間が過ぎた。

月末の最終日は、利用者さんにお給料を支払う日になっていた。
29日、私の後任には8歳年下の素敵な女性支援員がやってきてO氏とゆきんこから
かいつまんで引継ぎをした。
新しい女性支援員と自己紹介をしあうと、何やら女性利用者3名は、そわそわもじもじと普段と違う様相をみせた。

そしてこの1週間は、何となく利用者さんにお別れのことばをかけていた。
「ゆきんこがいなくても、自分でできるよ。」
「新しい支援員さんがくるんだよ。」
「仲良くして素敵なお姉さんになってね。」
とおまじないのように・・・

すると利用者さんたちは、執拗に私のそばにやってきて自分でできるはずのトイレでの一連の行動なのに、何かと構って欲しがったり、抱きついて甘えてきたり、困ったことをやらかして叱られるというかかわりを求める行動が平常よりも多かった。
反対にいつもてこずらせたり、意欲を示さずサボっていた作業に勤しむ姿もあった。
彼女たちは、私が去っていくと悟ったようだった。

29日の午後2時
午前に引き続き、サツマイモの茎の束と葉を千切って仕分ける作業の最中、施設長が声をかけた。
「お給料を渡しますから、2階の食堂に上がってください。」
先月は1階玄関横の事務室窓口だったのになんだか仰々しい。
利用者さんたちも支援員も全員が勢ぞろいした。

「残念ですが、ゆきんこさんが今日で施設とお別れすることになりました。どうぞ前で挨拶してください。」

挨拶なんて何も考えていなかった。それくらい実感はなかった。
「ゆきんこさん、おはよう。といつも挨拶してくれてありがとう。
みなさんとピカピカの☆で一緒にお仕事できて、笑って過ごせました。
でも、だんだんやっぱりしんどいな・・・疲れたなと思いました。
辞めることになって本当にごめんなさい。
でも、他の支援者さんもみなさんも変わりません。
これからもお仕事ますますがんばって、お給料が増えたらいいなと思います。
そして、無理をしないで身体には気をつけてください。
ありがとうございました。」

「じゃあ、ゆきんこさんに何かいうことありますか?」
「はい!」
いつも憎まれ口だけど、憎めないひょうきんキャラのYさんがさっと挙手して立った。
「長い間、お世話になりました。ありがとうございました。」
「Yさん、素敵な挨拶をありがとう。」
「Yさん、あんな殊勝なこと言うんだねえ・・・」
担当支援員が感心して言った。

階段を下りてきたら、廊下にしゃがみ込んでRさんが号泣していた。
「どうしたのRさん?」
すると抱きついて泣きながらRさんは言った
「どうして・・・どうしてやめちゃうの、ゆきんこさん」
Rさんを抱きしめて私も涙がこぼれた。
「ごめんねRさん、ごめんなさい・・・今日はお誕生日だったのにね。
プレゼントしたビーズのブレスレットをゆきんこだと思ってね。
9月になってもきっと来るよ。約束する。」
「じゃ、月曜日きて」
「う~ん・・・それは・・・」

傍でしゃがみ込んでH君も泣いていた。
「ごめん・・・H君アイロンかけてるところいつもカッコよかったよ。
 帰りの送迎車は一緒に乗るからね。」
H君は泣きながら頷いた。

そうこうしているうちに、送迎時間が迫りまたドタバタと慌しく帰り支度をすることになった。
最後はO氏から送迎するときにもいつも通りに軽い会釈で済ませるようにと指示があった。
はじまったばかりの施設で半年以内に退職者を出すことで保護者に心配させないという方針だ。

毎月累積赤字運営の新設施設は、経費節減のため貨物用のバンを改造して送迎車として利用していた。一度に乗り込める定員は8名までなので、2往復するのに2時間弱かかった。
第1便に乗り込むと最重度の盲目のKさんにいつもの歌を歌った。
「♪しあわせなら手をたたこう・はなはな~」と彼女の小さい鼻先に触れると嬉しそうに笑った。

助手席のY君が言った。
「なあ、ゆきんこさん、なんでやめるんや?」
「ごめんなさい。・・・・つかれちゃった。しんどくなってん。
Yさん、立派な挨拶ありがとうね。
とてもジェントルでよかったよ。これからもジェントルでお願いします。」
「はい。じゃあ、さようなら!」
彼はいつも爽やかな笑顔で手を振ってくれる。
その屈託のない笑顔を見納めて私も長めに手を振った。

続いて2便目
「これで最後なんやな・・・」
「うん、またバーベキューのときに来るよ。」
「うん、きてな。」

「なんか、ゆきんこさんやめたらおもろないなぁ・・・」
「今度の支援員さん、私より若くて素敵な人だよ。」
「なんていうか、551のぶたまんのコマーシャルみたいな
ゆきんこさんがおるとき、ハハハ~(笑)
ないとき、シ~ン・・・って」
「あ~、なるほどそうか。ありがとう。
それで思い出した。こんな手遊び歌あるよ。来週はやらせてな。
♪ちゃんちゃんちゃんちゃん
おおさかにはうまいもんがいっぱいあるんやで
たこやき ぎょうざ おこのみやき ぶたまん」
「それ、♪ぶたまんっていうのかわいくておもろい。覚えるわ。」
「2番もあるよ。」
おこしやす~のお辞儀ジェスチャーがバカうけした。
「もう、Sさんはなぜかいつもゆきんこが送迎当番のときにいつも車中で発作起こすよねぇ?
もしかして笑いすぎて発作?」
「エ~~、そんなのカンケーネー!!」
喧嘩しても仲良しのTくんとSさんもいつものように
コテコテ大阪のダジャレやボケ突っ込みも飛ばしあって送迎車内は笑い声がこだました。

いつものように一人一人の利用者さんたちを送迎ポイントで降りてもらって手を振った。
「さようなら、元気でね。」

「・・・はい、無事に今週も終わりました。」
「まあ、あんたもやりすぎたんやな。それに、今回はO氏にはめられたんとちゃうか?
最初に辞めるって言い出したのは、O氏やろ?」
「O氏からは、もう人間相手の仕事に就かないほうがいいと進言されました。
以前から、管理職にはそういわれ続けてきたし、やっぱりキツイです。」
「いい人っていうだけじゃ、続かんよ。一生懸命やりすぎなんじゃ。
これまでどうにもこうにもならんかった人たちなんじゃから。」
「でも、重度といえども、一人一人はこの暑さを乗り切って成長したと思いますよ。
涼しくなってこれからサツマイモの収穫っていうときに、なんでやめるのかな~と。。。」

送迎車が施設に戻ると、いつもため口で命令口調のO氏が恭しく挨拶した。
「お疲れ様でした。」
O氏は最後にアセスメントシートを要請していたので、前夜作成した資料を提出した。
「ゆきんこさん、あんた、これだけきっちりと理解して書いているのに、どうしてできないんだ。」
「わかってても、好きでも、できないんです・・・不器用ですから。」
「オレはお前のこと心配しないぞ。」
「はい。それじゃ、☆班を宜しくお願いします。」
「おう。じゃあ、お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。」

残務処理をしていると午後6時前後に☆班の保護者3名から相次いで電話をいただいた。
「残念です。どうして?」
「申し訳ありません・・・」
「子どものこともよく理解して対応してくださっていたし、最近調子もよくなってきたのに。」
「そうですね。思ったよりも早く馴染んで居心地よくされていました。」
「どこか、体調が悪いんですか。」
「ええ・・・まあ、いろいろと話せば長くなります。
私が辞めてもこの施設は何も変わりませんから、どうか安心してください。」


この台詞を一体、何回言ってきたのだろう。
辞めたくて辞めるんじゃない
続けたいのに続かないという悔恨がわいてくる。

でも、受け入れなくちゃ。
みにくいアヒルの子
これが私の運命なんだ。
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