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ダーウィン展


間もなく5時。
台風を予兆させるどんよりとした雲行きの中、いよいよPさんは目的地へ出発しただろうか?
屋久島上空の大型台風は日本上陸をじわりじわりと始めた模様。
既に宮崎辺りでは、お年寄りの皆さん方に避難勧告も発令され、不安そうな住民の姿がブラウン管から報じられている。
やばいなぁ~。

なぜって、明日Pさんと会うことになっている目的地に着いたら、多分台風も到着している確立が
結構高いから。。。

先ほどの午後4時22分。携帯電話に面接先の担当者から連絡が入った。
「今回は、ご縁がなかったということで・・・」
「そうですか。それでは、近くなのでボランティアなどがありましたら、宜しくお願いします。」

やっぱりなあ~。
期待はしていなかったけど、もしも採用されていたなら徒歩3分という理想的な通勤時間だったんだけどな。

昨日、その電話通知を待ち呆けて連絡がなかったので、採否の如何によらず、出かけることに決めていた。
ゆきんこの場合、保育畑で否応なく外で遊んだ習慣のせいか、オタクはどうも性に合わない。
家にいるのも結構好きだけど48時間以上じっと家にいると、3日目には何かしら用事を作って出かけたくなるらしい。

そういうわけで、まずは連ドラの「瞳」を見ながら朝食。
今日は瞳の祖父勝太郎と、母百子、瞳、そして過去の辛酸を清算すべく百子と離婚した瞳の父親が
17年ぶりに再会した。

身支度はのほほんマイペースでやっていると、食事15分の他に諸々諸々で2時間かかる。
10時過ぎに自宅を出て、前売りチケットをコンビニで購入。
図書館に取り寄せていた予約本を受け取りに立ち寄った。
ありがたいことに、地域の図書館には多分、所蔵していない専門書にもかかわらず、都道府県管轄の
図書館にも照会してくださったようだ。
それを証拠に、1冊は大阪府立図書館、もう1冊は更に入手困難だったらしく、何と「神奈川県立図書館」の所蔵書だった。

2冊のありがたい専門書をバックパックに入れるとずっしりと背中が重くなった。
そして、借り物でも入手できた2冊の本ににんまりと自己満足感が涌いてきた。
タイムリーにも、明日赴くであろう開催イベントとその2冊の本が入手できたことが自然にリンクするかのように。。。

電車で移動した目的地は、地下鉄長居駅。
ふと時計に目をやると、もう正午だった。
改札口を出てすぐ、平日の長居公園にはやはり、お年寄りの憩いの姿が目についた。
前方には、手をつないで歩いていく若い男女の姿もあり、追随するかのように目的地へ向かった。
そして、公園の沿道には等間隔に特別展ののぼりが会場までの道のりを誘っていた。

さて、着いたところは自然史博物館の「ダーウィン展」
今回は、事前に誰も誘わずに一人で観覧することにした。
大抵、誰か付き合ってくれそうな友人・知人を誘うのだけど、
9月の平日。誰も誘う人は思い当たらなかった。
開催期限が21日までと迫っていて、やっぱり見逃せないと思っていた。

平日の場合、客層はマイナーになるので独りでも案外孤独感を感じることもなく、無口にもかかわらず自然体で鑑賞できるということもある。
・・・という私は、連れ立っている相手がいるとお互い多弁になってしまい、じっくり鑑賞していないことも往々にしてあるからだ。

何より、ダーウィン展は夏休み中には、恐らく小・中学生の家族連れで連日賑わっていただろう。
群集が大嫌いな私には、ダーウィン展みたいな超人気の特別展を鑑賞する場合、
閑散とした時空間を敢えて予測しておくと、狙った通りのんびりと楽しめることに味をしめてきた。

鑑賞者は殆どが単独だった。或いは障害のある方と同伴する身内の二人連れであることが特徴的だった。

ダーウィンといえば、進化論を唱えた19世紀の生物学者としてあまりにも有名。
今では当たり前の進化論「種の起源」がどのようなプロセスで公表されたのかを
今回のダーウィン展では、とてもわかりやすく展示していた。

ゆきんこの場合、その人物像とか時代背景、周辺の人々との関係性にも関心を寄せることで親しみを
もとうとするクセがある。
だから、いけないことに現存する素敵な科学者がいたら、実物に近づこうとミーハー根性丸出しで躍起になっていることがあった。

その単純で奇抜な根性が、何となくダーウィンとオーバーラップするところがある。
ダーウィンが名門の裕福な家柄の子息であるとか、ケンブリッジ大学へ行けるほどの才気のある人というのは、科学者になるための前提だけど、
父親の反対を押し切っても、好きなものは好き、誰が何といおうと自分の気概と情熱を注ぎ込める対象があるということが、やはり凡人にはとてもできない科学者や芸術家に憧れるところなのではないだろうか。
・・・と思っているのは私だけ?

時代は大航海時代を経て、大英帝国が世界の覇者として植民地支配を遂げていた。
ビーグル号での大冒険がなければ、ダーウィンに成り代わって他の誰かが進化論を唱えたかもしれない。
もしも、父親の意に応えてダーウィンが医師か牧師になっていたら、彼自身も敬虔なキリスト教徒として神が万物を創造したと唱えていたかもしれない。

ましてや、彼に比類なき観察眼がなかったら、世に抗ってまで実証に実証を重ね、慎重に慎重を重ねた「種の起源」を刊行できなかったかもしれない。

~かもしれないの積み重ねは、ダーウィンを遡り、ダーウィンの死後も未来永劫に渡ってあらゆる科学の叡智の可能性へと連なっている。

私生活の説明も面白かった。
22歳で旅立ち、ビーグル号での航海を終えてロンドンに戻ったダーウィンは、30歳前後に、自ずと結婚を考えたが、それも科学者らしく、自分の人生に結婚の損得まで書き出した。
結局、最も身近な適齢期の女性として、母方ウェッジウッド家の出身で、ビーグル号の冒険旅行に加勢してくれた叔父の娘であったエマと結婚した。
10名の子どもをもうけてとてもアットホームな和気藹々とした家庭を築いたそうだ。

幼い頃から昆虫という昆虫と戯れ、自然のあらゆる細部に目を凝らし、誰よりも嬉々としていた天真爛漫なキャラだそうだから、妻も子どもも自分の研究対象と同様慈しむべきスペシャルな生命体だったの
だろう。

そういうわけで、失業中でも有閑マダムな台風前の1日でした。
明日は、向かう目的地を台風が直撃しないといいのですが・・・


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