実った葡萄

只今、甲子園球場での阪神-巨人戦の実況中継を観戦中。
7回裏5対0で、阪神優勝へ王手をかけるか?

午前中は曇り、午後からは真っ青な快晴でまた夏の陽気だ。
でも、日暮れは早くなり、帰宅した6時15分にはすっかり
日没していた。

H保育所で過ごす日もあと1日。
わたしの仕事は、タロウチャンの水浴びと巣箱の掃除。
タロウチャンは、今日も水道のホースから水をかけると
支柱の上をピョンピョン跳ねた。
隣の網の折の中のアヒルのララとイブキにもかけてみた。
ララは後ずさりで水がかかることをいやがっていたが、
イブキはされるがまま、身体に水を受けていた。
同じアヒルでも、反応が違う。

世界遺産のここに行きたいベスト30のうち、ベスト3は何だろう?
興味津々!万里の長城かしら?

3位はエジプトのピラミッド
2位は、フランスの巡礼修道院モン・サン・ミシェル
そして1位は、ペルーの天空都市マチュピチュ!

それから、所長に指示された職員室の表側にある
ぶどうの葉の裏についた青虫の駆除。
はじめの一匹は所長がつまんで、黄色いバケツに入れると
「ナムアミダブツ」と呟いた。
確かに殺生には違いない。
こんな些細な言動にもその人となりを推し計ることもできる。

思えば、所長のT先生のご厚意のお陰で、わたしは明日までの
契約期間をようやく全うできるようなものだ。
たとえ、今後2度とふるさとの公立保育所での保育を禁じられ、
子どもたちとのかかわりが許されなくても、
人との出会いは一期一会。
3ヶ月間の限定された期間だからこその経験やかけがえのない
思い出がたくさんできたことに今は素直に感謝したい。

それでも、何人かの子どもたちはこう言ってくれる。
5歳クラスののっぽのTくんは、
「今日も、ぼくたちのクラス?」
「ううん。今日はずっと窓拭き。なんで?」
Tくんは、照れくさそうにその場を去った。

所長のあとに、青虫の駆除をしていると、
運動会の出し物で合同のわらべ歌「仲良し3人組」の練習の
最中もかかわらず、
「あとで、毛虫見せて。」とHくん。
「そんなに見たいの?練習終わったらね。」

砂場の上のぶどうはたわわに実り、すっかり紺色に熟していた。
7月8日のプール開きの当日、今日のように毛虫とりを指示されて
30匹近く割り箸でつまみとった毛虫は、枯れ葉になってしまった
今は、一匹も見当たらなかった。
園庭を挟んだ向こう側に移動して、畑の畝の葉もチェックした。
トマト、獅子唐、オクラも手ごろな大きさに成長していた。

一昨日、家のドアで人差し指を挟んだRくんは、通院して
遅れてやってきた。
集団が苦手な彼は、そろりとエスケープして、
芋畑で毛虫探しをしていたわたしの背後から抱きついた。
「せんせい、なにしてんの?」
「ああ、Rくんおはよう。病院行ってきたんだってね。
 せんせいは、今日はけむしとり。」
「Rもする。」
「Rくんは、今運動会の練習でしょ?一緒に行こう。」
Rくんと手をつないで、集団の中に送り届け、また
畑に戻ると、再び彼もくっついてくる。
「Rくん、がんばって!せんせいここからちゃんと見てるから。」
またRくんを送り届けて、加配のT先生とAちゃんに両手をつないで
もらった。

阪神の岡田監督が優勝インタビューに応じている。
特に阪神ファンじゃないけど、地域がら悪い気はしない。
周囲の人たちは、間違いなく明日上機嫌で、話題にするだろう。

それからは、昼食を挟んで4時過ぎまで、ひたすらに
園舎の窓拭き掃除。
毎日、幼児の午睡介助、主にRくんを担当していたのだが、
今日は、T先生が担当し、他の子どもたちにも要請されなかった。

この時間帯はクーラーの効いた部屋でのほほんとトントン保育もどきのできるはずが、
午後からは窓に直射日光が当たり、ジリジリするくらいだった。
普段はなかなかできないが、数日立たないうちに
窓ガラスも網戸も汚れてしまう。
雑巾もバケツの水も真っ黒になる。
いつもは、途中でT所長から、複数の雑用の指示が入るのだが、
今日は、保育所全体が余裕があったのか、
6時間以上は、窓拭きに専念できたお陰で、物思いに
耽りながら、独り気ままな時間つぶしができた。
きっと、今日の日もいい思い出になる。

3時になると、サッカーの上手いSくんが一番に
起きてきた。
「せんせい、なにしてるの?」
「窓拭き。」
相次いで、5歳児クラスの面々が窓越しに話しかけてきた。
「なんかここ臭い!」
「ねこのウンチがここに固まってるから。」
「あれ、歯ブラシ使ってる。」
「そう、窓の桟の隅っこに埃がこんなに溜まってるの。
それをはぶらしでかき出すんだけど、やっぱり全部とれないよ。」
「うわ!まっくろ」とバケツを覗き込む子。
「ちょっと(歯ブラシ)かして。」
「取れる?」
「見て、取れた!」
「窓の桟の汚れだって全部とれないんだから、歯ブラシで
歯の汚れ、きっと全部とれないよね。歯と歯の間もちゃんと
磨いてる?」
「・・・・」

そこへ、担任のY先生が現れた。
「ちょっと、おやつ食べるのに、みんな何してるの!?」
窓辺で口々に話していた5人くらいの子どもたちは、
遊戯室に戻った。
今度は、Rくんのお気に入りのAちゃん
「ねえ、どうして今日はずーっとお掃除なの?
ゆきんこせんせいはどこの(担当)せんせい?」
「せんせいは、お休みの先生がいたら、お手伝いに行くの。
昨日は4歳クラスのI先生がお休みだったから、入ったんだよ。
みんな(所長の)T先生が決めてるんだ。
今日は1日ずっと窓拭きをお願いされてるの。
それに、せんせいは明日で、ここの保育所はもう終わりなの。」
Aちゃんは、しばらく考えていた。

T所長が労って
「水分補給にいらっしゃい。」
「はい、ありがとうございます。」
玄関でペンキ塗りをしていた同世代の用務員代替臨時職員の
Yさんを誘った。
「暑いでしょ?帽子かぶらなくて大丈夫?」
「うん、平気。先に入ってて。」

3人でお茶を飲みながら
「今日はいいお天気ですけど、暑いですね。何度かな?」
「30度もあります。」
「うわ、やっぱり暑いはずです。」

4時からは、脚立に登って職員室の換気扇をお掃除。
窓の向こうに園庭で遊ぶ子どもたちの姿が見えた。
Rくんは、4歳の子どもたちと4人で長縄とびを楽しんでいた。
加配のT先生はなぜかRくんと離れて太鼓橋や滑り台であそぶ
子どもたちの護衛をしていた。

汚れた雑巾を洗っていても、わたしを見てくれる
子どもたちが必ずいる。
「せんせい、なにしてるの?」
「お掃除だよ。なにしてるの?」
「ぶどうあらって食べるんだ。」
「え?そのぶどう食べられるの?」
「うん、洗ってね。」
「そうか。今朝、毛虫を探しているときおいしそうなだと思ったけど、食べられるとは知らなかった。おいしい?」
「うん。甘いよ。」
「へえ、せんせいも食べてみようかな?」
「これ、あげる。」
「ありがとう。いただきます。Sくんっていい人だね。」

こんなさりげない親切ができる男の子はなんだか
素敵だなと思った。しかも、私好みの円らな瞳の
屈託のなさが、私を魅了した。
このまま、いい大人になってほしいなあ。
こういうのが、ささやかな幸せだなと実感した。

でも、きっとわたしのこと忘れちゃうよね。

明日は最終日、楽しく笑顔で過ごそう。
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