♪夢の中へ

正午あたりから、雨が降ってきた。
只今、国会中継を視聴中。麻生氏が答弁している。

昨晩から夜の大学院の後期授業が始まった。
隣のコースは例年人気で、沢山の受講生で
初回のオリエンテーションからざわざわと賑わっていたが、
去年第1志望だったこのコースには不合格で、第2志望の
わたしの所属するコースは、受講生が若干名とこじんまりしている。

結果として、わたしにとってこちらのコースが相応しかったと
今は満足している。

6時限目のN先生の講義のテーマは
Creative Arts
幼児の表現について実践していくオリエンテーションが
終わって、東大の佐藤学先生が監修したビデオを鑑賞した。
イタリア北部の人口14万人の都市
レッジョ・エミリア市の幼児学校の実態ビデオだ。
レッジョ・エミリア市は、第2次世界大戦以後、1945年の
市民のレジスタンス運動が激しかった地域だそうだ。
1963年ローリス・マラビッチによってイタリアで初めて幼児学校が
設立され、イタリア全土に広まっていった。
マラビッチは、ピアジェ、ヴィゴツキー、デューイ、フレーベル、
ブルーナーなどの志を継いで、集大成した独自の指導法を編み出している。

映像が進むにつれ、わたしは2歳年下の従姉のことを思い出した。
学生時代イタリア・アートを専攻していたのだが、
社会人になって、複数の職種を経験した後、
心機一転、2003年の夏、彼女はイタリアで本格的に
アートと語学のために留学した。以来、音沙汰はない。

また、レッジョエミリアという地域性にも魅力を感じた。
公共施設は、民主主義が健全に育まれた町ならば、
必ず、民意が随所に反映されているはずだ。
わたしの住む街も、実は60年前戦前戦中は火薬庫で埋め尽くされていた。
戦後は、平和宣言都市として生まれ変わり、市民運動も一時は
盛んだったのだが、大人になった今、軽犯罪が絶えず
再び火薬庫のあった周辺の住宅地には、「痴漢に注意!」などの
掲示が張り出されて、なんとなくきな臭いムードになってきた
気がする。

映像を通してでも日本の幼稚園とは雲泥の違いだ!
まるで、ちょっとした遊園地。
屋内の中央にピアッツァという公共空間がある。
広い保育室の隣には、贅沢にも2つのアトリエが備えられている。
明るいアトリエと暗いアトリエだ。
なかでも、暗いアトリエは、光のアートを体感するためのものだそうだ。

数え切れない貝殻や石、砂、自然の素材を箱詰めにした大きな倉庫。
ネジやプラスティックの廃材もリサイクルセンターから取り寄せて
教材にする。
イーゼルを立てて作品を描く生き生きとした子どもの姿は
小さなマエストロだ。
「オレンジの香り」を色にしたり、鍵盤で音に表現する。
パソコンを使ったり、プロジェクトを組んで、共同制作するのも斬新だ。色彩感覚が固定されておらず、カラフルで自由な感じが伝わってくる。

わたしは、4月から7月まで前期授業で
「人類と科学技術」という自分らしくない科目を履修していたのだが、専門の幼児教育と一見関連のないこの科目が気分転換で、もっとも楽しかった。
4人の教官のうち、最後のY先生には、毎回メールをいただいて
「どのような分野においても、新たな発想と創造力を育む
エンジニア・スピリットが今後の教育に重要です。」と
締めくくっておられたことが、印象に残っていた。
このビデオのなかに、その答えはまるごと入っているとハッとした。

そして、親と教育者の連携もしっかりしていて、会議では3時間の
議論に及ぶほど教育熱心な自治体でもあるそうだ。

日本が教育熱心でないとは到底思わない。
歴然とした違いは、そのプロセスや時空間を楽しんでしているのか
どうかが重要だと思った。
N先生も「理屈でないセンスとやわらかく素材とかかわること」と
締めくくっていた。

N先生に依頼された調査研究のアンケートに記入して、
なんとか読みきった2冊の本を返却しようと、廊下を出ると
7時限目を担当するT先生がソファにかけて待っておられた。
「先生、こんばんは。ご無沙汰していました。」
「ゆきんこさん、前期のレポートよく調べて書きましたね。
一生懸命勉強したのがよくわかったよ。」
「本当ですか?そんなにほめていただけるなんて嬉しいです。
ありがとうございます。」

T先生は気さくに一人一人に夏休みの近況を尋ねた。
アットホームな講義を受けられるのは受講生がたったの
6人とこじんまりしているから、贅沢なことだと思う。

本の読み方や、文章を執筆するコツなどを雑談のなかに
さらりと語ってくださる。
「本は杓子定規に初めから終わりまで読む必要はない。
木を見て森を見ず、という諺があるでしょう?
日頃から、気になること、おかしいと思うこと、知りたいことについて
課題意識を持っておくことが大切です。」

さて、授業のオリエンテーションと共に、
各受講生が担当して発表する内容と順番を決めた。
「それじゃあ、最初はゆきんこさんからお願いしますね。
幼稚園指導要領と保育所指針持っていますね?」
「はい。」
わたしは、返事には躊躇わなかったが、つい2週間ほど前に
母が書棚からその「保育所指針」を取り出してわたしに問いかけて
いたシーンを思い出した。




ここで、国会の質疑で「障害者自立支援法案」がオンエアされて、
耳がダンボになったわたし・・・
今朝もゆっくり大好きな寝坊。

テレビの中の小泉首相が反駁する。
「身包み剥ぐなんてとんでもない。そんなこと(障害者)に
誰がするもんですか。」
「1日800円で障害者は生きていけると総理、説明してください。」

朝ごはんを食べながら、朝の9時から国会中継をBGMに、
「保育所指針」の在り処がどこだったか気になる。
午前中は、心当たりをごそごそしながら、もっと部屋を片付けなくちゃと反省しながら、見つからなかった。

自治会館から、生け花を楽しんで帰ってきた母に尋ねた。
諦めかけたころ、何度となく探していた書物の束の中から
「保育所保育指針」を探し出してくれた。

・・・というところまで漕ぎ着けて、あと2時間足らずで、
学校に行く時間が迫ってきた。
失業したら時間に余裕があるかと思ったけど、1日は短い。

「♪それより、ぼくと踊りませんか?」という
人はなく、どこかで忙殺されている。
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する