うつくしの森の物語

今日から、甲子園の全国高校野球が開会され、理想の男優リチャード・ギア主演の日本の名作「HACHI」が全国ロードショー公開。
でも、トップニュースはアラフォーとしては見逃せないのりピーの逃走事件かな?
どうやら、出頭したという最新報道も入ってきました。

8月4日から職場実習が始まり、無事にやっとサタデーを迎えました。
実習の模様はダイジェストにまとめて書くこととして、

今日は久しぶりに劇鑑賞を楽しみました。
わんわんコミュニティで出会ったチワワのモモちゃんの飼い主Tさんにメールでお誘いがありました。
Tさんの小学校3年生の娘、Aちゃんが出演する子ども劇団8月公演を見に行きました。
同日、旧友のHさんを誘って、午後からデートすることになりました。

その前に、午前中行きつけの美容院に寄り道しました。
肩まで伸びてしばらくポニーテールにしていた髪を切ってすっきりショートにしました。
彼是、12年越しのおつきあいになるSさんに近況を話し、ドッグカフェオーナーと現在の職場実習の様子を話しました。

すると、ゆきんこが結婚してしばらくしてから、娘さんも結婚したという朗報に添えてSさんのアドバイスは、
「ゆきんこさんは勉強が好きだし、全くやったことがないドッグカフェよりも、資格や勉強好きの特性を活かせる今の実習の方が向いていると思うわよ。」
「私もそう思ってる・・・。実用的ではないので、保育士もこの歳で挫折せざるを得なかったと思うんだ。」

スッキリショートヘアに変身して、午後12時半過ぎに自宅を出発。
お馴染みの総合福祉会館のエレベーターに乗り込むと、
フリースクールの主宰BX先生にお会いしました。
「先生、こんにちは!」
「ああ、こんにちは。」
「あれ?先生私のこと、覚えてくださってるんですか?」
「もちろんですよ!」
去る3月15日にわんわんコミュニティに飛び入りして、いきなり論文とドッグCAFE構想を持ち出したときのインパクトが大きかったのか、まだ5回しかお目にかかっていないBX先生に対するゆきんこの印象は大きかったらしい。

今回の子ども劇団の演目はBX先生脚本の「うつくしの森の物語」。
そもそも地元のN中学の先生だったBX先生は、一戦を引退し、不遇となった嘱託教員の傍ら卒業生主体となる「不登校」「ひきこもり」「障害児・者」の進路に苦しむ仲間の居場所となるフリースクールとして2年ほど前に子ども劇団を発足させた。

そのフリースクールの名は悪名高き「とれぶりんか」という。
その名の由来は、子どもの権利条約の基礎を築いたユダヤ系ポーランド人ヤヌシュ・コルチャック先生と200人の孤児が命を落とし、灰となって再生を誓い合った「トレブリンカ強制収容所」に因んでいる。
彼らの犠牲を無にしないように、彼らの想いを受け継いだ世界中の子どもたちや若者たちとつながっていけるようにという願いを込めている。


ゆきんこの論文と創業計画の詳細は、アップしきれないのと、ちょっと起業秘密にしていますが、
今年1月にわんわんコミュニティが発足して間もなく飛び入りしたゆきんこの夢と合致したのと、
私より有名人となった元家庭教師先のTさん親子もこのコミュニティに参画していた力強い有志だったので、すんなりと意気投合したわけです。

ついでに、自慢ではありませんが、ゆきんこ21歳当時の学位論文は「生きかたについての一考察」
をご紹介。
第2次世界大戦経験の世代と非経験の世代の2群の比較において、戦争、病気、差別と貧困という3つの極限状態のノンフィクションを精読し、所定の設問についてディスカッションなりコメントをしてもらって、自分の平素の生きかたに対する価値観が変容するかどうかを検討しました。
題材にした戦争のノンフィクションは、アウシュビッツの強制収容所で他の捕虜たちの身代わりとなって殉死したコルベ神父を取り上げました。

21歳当時、母校N中学に教育実習した時も、偶然、授業を任されたのはヒトラーの台頭の箇所で、
論文に協力してもらったのは、ちょうど20年前の夏休みでした。
教育実習の同窓生たちに、母の経営していた小さな保育所を提供してもらって研究しました。

そういうわけで、根っからのネクラ学生だった21歳の私とそれから障がい児・者界隈で20年経過した現在の私は、BX先生の想いとものすごくオーバーラップするわけだ!!


さて話は今日の出来事に戻って・・・
物語は、
うつくしの森を新規事業開発を目論む事業者と村長の交渉から始まった。
うつくしの森に住むタヌキたちが次々と殺され、存亡の危機に曝されていた。
村長の娘サヤカは、英才教育を施されることを拒んでいた。
盲目のかわりに目に見えないものが見える。
普通の人間の傲慢さや醜さを忌み嫌っていたサヤカは、タヌキのアニキと親友になり、人間との架け橋になってタヌキのコミュニティを守りたいと願う。

アニキがサヤカと親しくなったことがタヌキたちに発覚し、一時は亀裂が入るが、結局、タヌキたちは盲目のサヤカの真心を信用することとした。
しかし、サヤカの願いは虚しくタヌキたちは惨殺され次々と銃に倒れ全滅してしまった。

人間を猜疑し憎むサヤカは、自分もそうした強欲な人間であることを再認識し、タヌキたちに生き残ることを誓い、弔うのだった!

パンフレットによると、この子ども劇団の他にも、BX先生のコーディネートで、「音楽部」「ふれあいマップ隊」「カフェ」「国際交流部」「環境部」などさまざまな専門部が若者の手で作られた。
その最新部署である「わんわんコミュニティ」に突入したところ、ゆきんこの同志がどば~っと集っていた。

ゆきんこワールドは広がっているのか狭まっているのかわからない。
銃弾に倒れ息を引き取ったブン太を演じたAちゃんは、その昔、ゆきんこが通ったS小学校の後輩だし、旧友のHさんは、4年前その小学校に勤務していた。

舞台の上には特別支援教育コーディネーターのH先生が現在赴任しているT小学校の卒業生の姿があったらしい。
そして、実習先はこの総合福祉会館の斜め向かいにそびえている。

公演が終わって、タヌキのメイク姿の子どもたちが入り口で丁寧におじぎしてくれた。

今度は、H先生と少し喫茶店で近況を談話するとH先生の自宅へ引き返した。
H先生の甥御さんが、母の保育所で赤ちゃん時代を過ごして以来、アート仲間としての家族同然のおつきあいは、甥のY君が24歳になった今も現在完了進行形だ。
当時、高校生だったゆきんこが同業種として公私共々相談しあってきたベテラン教諭のHさんとしては、とうとうの転職に複雑な思いがあったらしい。
でも、Hさんのお気に入りのお洋服の数々をゆきんこが着脱しては二人して姿見鏡を覗き込んで微笑んだ。
「ちっとも、スタイルが変わらないからよく似合ってるよ~!」
「本当にもう着ないの?」
「もう着れないから捨てることもできないし、あなたに着てもらえたら嬉しいのよ!」
「やっぱり、持ち前のアートセンスが選んで買った洋服に現れてるね。ありがとう!愛用させてもらいます。」
数年ぶりに見せてもらったHさんの描きかけのキャンバスは以前と明らかに画風が変わっていた。


昨晩、ヨガ仲間のNさんとひさしぶりにヨガで汗を流した。
元不登校生だったまだ20代半ばのNさんは、後輩の問題生徒たちのサポートという重責を担っている。自らの過去を払拭しようとヨガワールドに飛び込んだ彼女も劇的ビフォー・アフターを遂げている。

私より後からスタジオに加わったNさんは、仰向けになっての脳波振動エクササイズに没頭すると、
手足をバタバタさせて断末魔の如く泣き叫んでいた。
しかし、出すものは全て出し切ってエクササイズが終わると、ケロリとさわやかな笑顔を称えていた。

「久しぶり!前から美人だったけど、更に美人になったね!」
「ホントですか。最近、生徒たちが親しんで寄ってきてくれるようになりました。」
「最初に会ったときが、アイコンタクトのエクササイズだったでしょ?正直、目つきがこわかったもん。
あの時から3ヶ月経ったけど、笑顔や目元や優しく自然になったよ。」
「ゆきんこさんもですよ。」
「私も変わったのかな?とにかく毎日新しい出会いがあって前は苦手だと思っていた人とも何の気ないしにすぐ仲良くなれるようになったよ。もともとその傾向はあったけど、ますます人脈が広がっている感じ!毎晩、ヨガをやってるせいかな?」
「毎晩ですか!?」
「うん。そして、いつも宇宙のことを考えてる。」
「へえええ~!!」

やっぱり、ヨガのインストラクターのお達しの通り、毎日、毎時がキセキなんでしょうか!?
このまま実習がうまくいけばいいなと、お盆休みに先立ち天に召された万物に祈りを捧げます。
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