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お天気は雨
昨日は、あんなにいいお天気だったのに。

昨夜のうちに、あさって提出予定の宿題読書ノートがなんとか仕上がった。
文献は、E.H.エリクソンの『幼児期と社会』(みすず書房)だ。
出題したI先生はわたしより2歳年下の1児のパパである。
「友人はエリクソンを研究していたので、人まねをしたくない私は、
今まで、見向きもしなかったんですが、エリクソンは面白いし、
素晴らしい人です。この文献を書いた当時(1950)の子どもたちに
すぐに還元されないと、孫の代の人々に捧げられた作品ですが、
それが、ちょうど、我々の世代をターゲットにしているんです。」

わたしには、それがだいたいわかった。
症例児サムが、心臓を患っている祖母をからかって突然死んでしまう。
彼をとりまく、家族関係や地域社会との因果関係のなかで、
彼の人格が育まれ、サムの病理や、症状と関連している
と、わたしなりに要約しておこう。

ここで、I先生がポイントにしたエリクソンのことばをそのまま引用しよう。
「自分を責めたところで、それは何の役にも立たない。
われわれ人間を支配するもろもろの作用の前に、もっと謙虚になること
もっと正直にそれらの作用のなかを生き抜いていく能力を身につけることである。」

「これを基に自分の体験を挙げて、意見を述べよ」というのが
もうひとつのお題。
つまり、こころのストリップをせよ!とは辛辣だが、
ここは、正直に大胆に応じたほうが、GOOD ENOUGH かな?

N中学時代に、荒れ放題のクラスの中で、ひときわ荒れていた
在日朝鮮人2世のSくんを怖がって、近づかなかったことは、
彼の境遇を知らなかったとはいえ、「村八分」だったんじゃないか。
担任の先生が、彼に必死になるあまり、他にも問題がある生徒がいたとしても
「あちらを立てれば、こちらが立たず。」で無力だったり、
自分の信念を押し通して、当時のよかれとしたお節介が、
時代の風潮が変わったときに仇になることもある。
それでも、「あの時は、悪かった。」と先生に正直に謝ってもらうことで、心が楽になった。
と、まあこんな感じに綴ってみた。

なんだか、よくわからないけど、人間っていうのは
知らず知らずのうちに、善行が悪行に摩り替っていることが
よくあるから、このご時世、本当によく気をつけて生きていこうよ
というメタ・メッセージに受け止めている。

昨日から、お気に入りのブログにアクセスするが、つながらず、
他の理由もあってわたしはイライラしていた。
イライラしているときは、それをそのままコメントするのも
気をつけないといけないな・・・とちょっと後悔する。

わたしはI先生のゼミに入れなかった。
独学で論文を書くしかない。そう言い聞かせて諦めようと努めている。
けれども、I先生のブログのなかでは、研究生の名前が列挙され、
わたしが、去年から、ひとり現場で手探りで実践してきた手法と
全くそのままの研究論文が発表されていたとわかったら?
今、失業して何の当ても目的もないのに、手の届かない高額なセミナー
の案内がされていたら?
わたしがそれを厭味と受け取っても、反応としたら正常だろう!?

だから、わたしはコメントした。
「先生のブログを見ると落ち込みます。ない袖は振れません。
ご褒美や恩恵を受けられる人はほんの一握りなんですね。」と。
すると、他のファンから
「そんなコメントをしたら、I先生のブログの更新の負の強化になってしまう。」
だから、わたしは反駁した。
「I先生が『言えるのはいいことだ』と言ったのだ。真実を勇気を持って
書いたのに、その通りにすることが先生を困らせているのなら、
本位ではないから、消去バーストすればいいんだ。わたしは、苛められたり、知らん顔されることには慣れている。
それに、こんなコメントでI先生が凹んだりするもんか!」

つまり、I先生にこんなに習いたい思いは飽和しているのに、
それはもう絶望的なのか。
我侭言ってることは本当によくわかっているのだ。

気を取り直して、夏物衣料を押入れのケースに片付けた。
もうひとつの宿題のレポートを仕上げようとしていた
午後2時過ぎ、PCの横の電話のベルがなった。
「ゆきんこさんですか?」
「はい。」
「今日は、電話相談の当番なんですけど。」
「すみません!今すぐ支度して行きます!」

昨晩までは覚えていたのに、そのことで頭がいっぱいだったので
すっかり忘れていた。

慌てて、着替えて自転車にまたがり、オフィスに向かった。
3連休のせいか、当番に当たっていた他の相談員は、ドタキャンで
午前中を担当していた男性相談員と到着するなり、バトンタッチだ。
午後6時まで、わたし一人で担当しないといけなくなった。

定期的に出かけるところがなくなると、デイリーライフは
やや不規則になり、わたしはまだ昼食を摂っていなかった。
母が、出かけにこしらえてくれたおにぎりをほおばって、
電話がかかってくるのに備えた。

6時までに4件の相談があった。いずれも慢性的に精神障害を
もっている人々だ。家族に話してもいいのだが、
顔も名前もわからない匿名性が、お互いをホッコリさせてくれる。

「将来、お母さんが死んでしまったらどうしようかと不安で・・・」
「そうですね。わたしも同じです。」

「初対面で、相手に嫌われる気がしているんです。」
「ここに電話するときも、そう思うんですか?」
「いいえ。」
「あなたは、初対面の人に、いやな人だと思うことありますか?」
「いいえ。別に思いません」
「それじゃあ、相手の方に聞いてみなければ、本当のところは
わかりませんよね。」
「そう言って貰えてほっとしました。」

「禁煙して60日になりました。」
「すごいですね!がんばってください。応援しています。」

「人間って、いろんなことを言い合って、傷つけあったり、
無益な争いをするけど、お互いいやな思いをしないように
いいことばかけに気をつけたいわね。」
わたしは、今朝のI先生のブログのコメントを反省していた。
「そうですね。私のほうがいろいろ聞かせてもらって、
いい勉強になりました。」
「わたしの話をこんなにきちんと聞いてくれるあなたが、
そこにいてくださったからよ。神に感謝して生きていきましょうね。
ありがとう。」

どこのどんな境遇かもわからない人との会話。
だからこそ、気軽に打ち明けられるというのは真実だろう。
匿名のブログで誰もがこんなに自己主張したいんだから。

午後6時になる前に、ガラス窓の外はもうすっかり暗く、
市街地が眩しくライトアップされていた。

帰宅してメールをみたら、スポンサーから、快諾の返答が
あったことが記されていた。
それで、ちょっと嬉しくなった。

気がついたら、毎晩鳴いていた鈴虫の声は、もうなかった。
最後に聞いたのは、一昨日くらいだったろうか。







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