ためして瞑想

仕事から帰ってクタクタになり、PCを立ち上げることはおろか、年賀状も年末の大掃除もやる気さえしない、師走の中旬です。

「ACTを実践する」も読むのが滞っていますが、心理学オタクの癒しのお供でまだ手中にレンタル中。
今、読んでいたら「おやっ?」と思う未知の記述があった。

P342
 本章(第3部 第11章)では、マインドフルネス実践にかかわる記述のなかで、注意集中を重複するサマタ瞑想に関する記述が多くみられる。瞑想には、サマタ瞑想(止)とヴィッパサナー瞑想(観)がある。
両者は目的が異なり、サマタ瞑想では、心の働きを静めることを目的とし、心を一つの対象に結びつけることが重要である。一方でヴィッパナサー瞑想では、身体が感じるすべての感覚をひとつひとつ対象化して気づくことを通し、次の二つを目指す。それは、気づきの行為が、気づかれる対象(色)と気づいている心の働き(名)に分類されること(明色分離智)を体得すること、さらには、心の一連の働きを変えていくこと、の二つである(蓑輪,2008)。「マインドフルネス」(mindfulness)とは、パーリ語の「サティ」(Sati)が英訳されたことばであり、サマダやヴィッパナサーの瞑想で行われる。気づきにかかわるものであるが、特に、ヴィッパナサー瞑想において重要な要素となるようである。サティ瞑想とヴィッパナサー瞑想では目的が異なるため、本来であれば区別されるべきであるが、マインドフルネス実践において両者が混在されることが多く、今後、その違いを整理する必要があると考える。詳しくは、『仏教瞑想論』(蓑輪顕量 2008 春秋社)をご参照されたい。


3月からマイブームになったヨガの修練でも、「瞑想」なることばが聴かれるようになった。
仕事では、実は取るに足らないミスをある女史にズケズケと指摘されてタジタジになり怖気ついてしまっている今日この頃である。ぎっくり腰の後遺症でストレスがたまると背中が突っ張り、とうとう内臓まで縮こまるような感覚に襲われた。
できれば女史の至近距離にいたくないし、かかわりたくないが業務上避けるわけにもコミュニケーションをとらないわけにもいかない。

予測通り、週明けの今日も3回もどやされてしまった。
女史の罵声は、名誉のためにオフレコにしておこう。
しかし、昨日日曜日の午前中にヨガに勤しんだせいか、マイナスエネルギーがある程度浄化されたのか、精神的なダメージは少し和らいだ気がした。
若き同僚乙女の皆さんたちによれば、私に対する女史の仕打ちは、まだまだ自分たちの新入りの頃よりも優しいとか・・・
「これは新人の禊(ミソギ)ですかね。もう慣れるしかないですね~・・・ミスばかりの私がいけないんですから、指摘されたって言い返せないですもん。」
「他の部署に変わっても同じ様なことはありますよ。取り返しのつかない失敗は、自分だけの経験じゃないから、できるだけ未然に防ぎたい。この部署は最も責任が重く人目に曝されて辛い分だけ、助け合っていきたいんです。」
若く優しいチーフが困り笑顔で宥めてくれた。
「それを聞いて久しぶりに目頭が熱くなりましたよ。どうして、私、ここに配属になったんでしょう、、、よりによって。つい4ヶ月前にはここにいなかったのに。。。」
「私も、なんでここにいるんだろう?何やってんだろうって思ってます。」
「チーフも?おんなじこと思ってたんですね。」

チーフの敗れた嘗ての夢は教員になることだったという。
そんな若きアイドル系の痛々しい笑顔に癒され、癒し返したいと明日も精進いたします。
そして、たまには平穏無事な日常を祈りつつ、瞑想をためしてみたいもんです。
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テーマ : ヲタクのメモ - ジャンル : 日記

コメント

女に生れて来たからには!!

誰にも言えない秘密があります。実はとってもHなんです、せっかく女として生まれたからにはアブノーマルな世界に飛び込んでみたいです☆普段では考えられないプレイを思う存分楽しみ、経験したいんです♪快楽に溺れさせてくれませんか?一緒に感じ合いましょう!!都合はつくのですぐに時間を合わせられます。18歳よりも上の方がいいです!! quietness@docomo.ne.jp
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