ゆきんこの引き出し

日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。

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プータロウ生活も早2週目に入った。
カレンダーの赤い日は、普段働いている人たちも、休みだから
自分も休んでいいんだという気持ちでいられるが、
平日にブラブラしているのは、心穏やかでなくなる。
わたしは、人生をシフトするときには、かなり神経質になる。

別になにをしようとも、わたしの自由な24時間。
好きなことをすればいい。

昨日は、今朝起きたら、ハローワークに出かけようと思っていた。
大学院のある最寄り駅からは、歩いて海に行けないことも
ないから、頭を冷やしてみようかとも思っていた。
午前中は、雨が降っていた上に、昨夜はよく眠れなくて、
わたしは気分が塞いでいた。

I先生が外部の一般人の絶え間ない誹謗中傷に疲れきっているだろう
ことは、ブログを通して百も承知しているはずだった。
わたしも、あんなコメントして本当にいけなかったなと
いろいろな想いが、夜中にグルグルと交錯しては駆け巡る。

その時分の真夜中に書き込んで下さったであろうI先生の
コメントを遅い午前に私は確かめた。怖いもの見たさで。

「私がどうというよりも」
そのセリフが引っ掛かる。
「公共性を考えてコメントするのは、必要最小限のルール」
つまり、わたしのコメントは「公共性」を欠いていると!?

そのコメントにさえ、心が掻き乱される。
たった一人で、歯を食いしばってがんばってきたことは、
なしの礫になってしまう。
2階に上がって、何もする気がしなくて泣いた。
去年の秋は、ここであんなに必死に受験勉強したのに。

まあね。
こんな性質だから、客観的にはなれなくて、「どうしようもない」
のもわかっている。
でも、「公共性」って何だろう?
公人こそ、公共のあらゆる物事を、わが物顔で使っているんじゃ
ないだろうか?
公人は公正に選ばれてそこにいる人なんだろうか?
公共の福祉やサービスに匹敵する人格者なんだろうか?

わたしの実体験からすれば、はっきり言ってNOだ!
わたしには、公務員族は、税金でのうのうと左団扇で
生きている人たちにしか思えなかった。
さもしい事がなかったら、胡散臭い態度、
仏頂面や、鉄仮面のような無粋な応対をするわけがないのだ。

夜になると、背中がゾッとして、
アルバイトの心細さを反芻する。
この地球上で、安心できる場所なんてどこにもない
そんな気持ちに襲われる。

昨夜のクローズアップ現代では、「エアガンの人気が急上昇」と
報じていた。アーミー服を着た男性が汗を流して爽快な表情を
浮かべている。
「これじゃあ、やっぱり戦争になるわ。」
母がため息を漏らした。

アウシュビッツのようなことが、きっとまた近い将来起こる。
次々とネガティブなイメージで頭がいっぱいになる。

ひとしきり泣いて、ぼ~っとしていたら、
今年の春に頂いた2005年「幼年児童教育研究」が目に入り、
ページをめくってみた。

一番最後は、「統合保育の場の障碍(しょうがい)を持つ子どもの育ちについて」の研究論文だった。
読んでみよう!

わたしは涙を手で拭って、前期授業の資料の束を片付けた。
ABAのノートが見つからなくて、家庭教師用の鞄を探してみたら、
「それでも、人生にイエスと言おう」V.E.フランクル 春秋社 が出てきた。
ドイツ語では、Victor Emil Frankl
Trotzdem Ja zum Laden sagen
10月1日に、H保育所の運動会を見学したあとに、図書館で借りていた。
フランクルは、これまた著名な実存分析を創始した精神医学者だ。
わたしは、学位論文に「夜と霧」を引用した。
その頃、こんなにも日本中が不安な気持ちに襲われていなかった
イケイケムードのバブルの真っ最中に、わたしはそんな本を読んでいた
ニヒリストだった。

とにかく読んでみよう!

夜の授業に備えてのノートや教科書を鞄に詰めたり、
シラバス(授業計画)に目を通した。

総合福祉センターの福祉資料室で借りたビデオ
「世界の車窓から 世界一周鉄道の旅
~オリエント急行、イタリア、スイス登山鉄道の旅~」
を鑑賞する。

うちのテレビのブラウン管は小さいが、それでも、
中の景色は雄大で、ちょっとは気分転換になった。

アルプスの永遠の乙女と称される「ユングフラウ」へのアプローチ
時速15kmで牧草地を登る。
緑色から白銀の世界へ
ヴェンゲルンアルプ駅から、インターラーケンを経由して
クライネシャウデック駅に到着。
そこから年間70万人の乗客がある人気登山鉄道
ユングフラウ鉄道に乗り換え。
1898年の開業で、トンネルが4分の1を占めるから
完成までに16年もの歳月がかかった。
4メートル進むごとに1メートル上昇の急勾配
アルピニストが挑むアイガー(標高3970m)
そのトンネル内のアイガーファント駅を通過して
遥かな地上の風景を望む。
インターラーケンから2時間半で、ユングフラウヨッホ駅に到着。
エレベーターで展望台へ。
そこは、まばゆい銀世界だ。
標高3454メートル、欧州で最も高い駅である。
4000メートル級のアルプスが、どこまでも無垢な表情をたたえている。

これは、映像にすれば、たったの15分程度だが、
実際には、もっと時間がかかるのは当たり前。

テレビっ子、漫画っ子世代のわたしの次世代は、
パソコンから、瞬時にありとあらゆる情報が入手できる。
お金があれば、いろんなモノが手に入り、楽しみも増える。
経験も豊富にできる。
そうして、ありとあらゆる富と権力が蔓延していく。
地球上のほんの一握りの人間だけに・・・

わたしも、日本に生まれたことで、この国の現在の
社会通念に晒されて、ありのままに生きるということが、
何なのか、わからなくなっていく。
「私がどうというよりも」
とI先生がいうのは、本当で、
わがままだけど、自分はどうなのかが、一番大事なのだ。

永世中立国「スイス」はわたしの憧れだ。
自然ほど、無垢で雄大で、何も言わず、そこにあり続けることを
黙して語らない存在はない。

さあ、出かけよう!







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