日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
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消去バースト
2005年10月14日 (金) | 編集 |
昨日も今日も、晴れたら暑い。
室温は26度。

昨夜も寝付くのに、時間がかかった。
夜中にみぞおちや、背中がキリキリと疼いてくる。
働いている間はそうでもなかったのに。

わたしの脳裏には、夢ともイメージともつかない
映像が何度も蘇り、刻まれる。
小高い山の上にあるコンクリートのキャンパス
ここには、数え切れない何段も続く階段も、電動で
スイスイ上がれる長い4つのエスカレーターも
ついているのに、
夢の中では断崖になっていて、わたしは何かに
突き落とされ、どんどん落ちていくのだ。

I先生のコメントの中で言い放ったことばの意図を
考える度、頭の中がそのイメージと共にグルグル回っていた。
「私がどうと言うより・・・」
「公共性という最低限のルール」

それは、その「何か」を象徴していた。
「自分の人生なんだから、自分でなんとかしてよね。」
という突き放しにも聞こえた。
蚊帳の外のわたしが、中に入れない以上は、
泣いても喚いても無駄で、
結局、自分の手中に収まらない君は、あの研究室から
スポイルされた時点で、こんなに時間が経ってから
駆け込まれても無駄なんだ。

「そういう素直でない性格してんだったら、
僕だって救いようがないよ。
君自身が、初めからルール違反してるんじゃないか。
 それに、お願いだから、僕のクライアントには
余計な不安材料持ち込まないでくれないかなあ。
ホント、君のメールには辟易してたんだ・・・
T先生もダメ、歯医者さんもダメなら次はボク?
勘弁してよ。
こんなに忙殺されるっていうのに。」


そうなのかア・・・セイテンノヘキレキそれじゃあ、思い切って自己満足だけの
骨折り損のクタビレモウケな仕事は辞めてしまった方が
いいんだろうか?

わたしだって苦しんできた。
あの7年前の弾劾でズル剥けになって、今日まではいつくばって生きてきた。
目の前に子どもたちの屈託のない笑顔が途切れ途切れにあったからだ。

どんなふうに人生を選んでみても、工夫してみても
環境に要請しても、誰かにすがったり頼ったり、もがいたり
慟哭してみても、
やっぱりどうにもならないことってあるんだ。

特にABAを知ってからという1年10ヶ月
わたしは、ABAとI先生の著作をよすがにしてきたのだ。
それを、
「ボクをいちいち自分の人生の引き合いに出すのは、もうやめてくれよ。」
と言い放たれては、「消去バースト」するしかない。

「消去バースト」というのは、赤ちゃんや
ことばが十分に使えない子どもなどが、自分の要求を
通すために、泣き叫んでそれがエスカレートすると、
かんしゃくを起こして暴れまわるというものだ。
それでも、相手がそれを堪えて、要求に応じなくなるまで、
無視を続けていれば、
「泣く子も黙る。」
「泣き寝入る」
というABAの無慈悲な手法である。


その禁句中の禁句だったコメントを言い放ったわたしは、
もう前言撤回できないのだ。
そういうわけで、昨日もブログもHPも見なかった。

それでも、熟睡はできて今朝は少し早めに起きることができた。
それでも、朝はテレビ体操でウォーミングアップして、
夕方6時半に控えている「たった一人のお客さん」のために、
時間を割いてカリキュラムを考えた。

来年就学の6歳のTくんに向けての教材は
「11ぴきのねこ どろんこ」(馬場のぼる こぐま社)
1996年10月10日第1刷発行だから、ちょうど9年前ってことになる。

前回の課題とポイントは、
「だれだれは、どうしていますか?」の質問に答える。
1ページ1問で、トークン1ポイント、合計20問だ。
これをどれくらいの時間集中できるか、時間も計る。

それから、おかいものごっこ
ちらしの値段と品物を書いたコピーと
カラー広告チラシでマッチングさせるという課題だ。

五味太郎さんのシリーズも大好きで
「すうじの絵本」(岩崎書店)も選んでみた。

I先生の突き放しのことばが、胸に刺さって哀しい。
ABAは、これまでわたしが試してきたどの子どもにも
実に有効だった。
わたしには、I先生からのご褒美は一切なくて、
ついに論文を書く要求も閉ざされたけど、
どの子どもも本当にわたしに信頼を寄せて、成長してくれたのだ。
だから、ずっとI先生を崇めてきたのだ。
自分勝手だけど・・・

けれども、わたし自身の人生は、ABAを知ったその日から、
どんどん追い詰められていった。
子どもたちやお母さんたちに喜んでもらっても、
それを面白くないと考える正職の公務員たちの嫉妬や陰謀の
対象になったのだ。
わたしは、アルバイトでもいいし、
ただ子どもたちやお母さんたちに少しでも
役に立とうと思っただけで、それを自分の喜びにしたかっただけなのに。

昨日は、ようやくハローワークに足を向けた。
銀行に寄って、失業保険の給付を受ける用紙に銀行印をついてもらった。
この町の官公庁界隈は便利だ。駅前から徒歩10分以内に、
税務署、法務局、パスポートの発行所、ハローワークも含む
諸公共団体が勢ぞろいしている。
ないのは、裁判所くらいだろうか。

その辺りを、正午や午後5時過ぎに自転車で通り過ぎると、
わたしの目から見て、千と千尋の神隠しに登場する
「カオナシ」のような公務員の皆さん方が、タバコをプカプカさせて
ゾロゾロと歩いている。

昨日は正午あたりにハローワークで離職票を提示し、
所定の用紙に必要事項を記入して、受付で手続きを行った。
ハローワークの各窓口担当者は、2月に訪れた時とは
ガラリと顔触れが変っていた。
若い新人らしい男性職員が、至って
事務的な、慇懃丁寧なマニュアル通りの応対ぶりで
なんとなく嫌気がさした。
バブルのはじけるちょっと前までは、
プータロウの扱いは、蔑みにもにたぞんざいな対応もあったらしいし、今は、パワハラに、セクハラ、リストラ対応で
やかましくなっているから、何事も卒なく穏便に計りたいのだろう。
「ガムをソファに押し付けるなどの悪質なイタズラはお止めください。
警察に通報します。」というオレンジの張り紙も見に入る。

求職者の数も、その頃よりはずっと少なかったのも印象に残った。
わたしも、応対の男性の説明に
「ハイ、ハイ、」と事務的に相槌を打った。
つまらないコミュニケーションだ。
赤ちゃんと「いないいないばあ」している方がよっぽど楽しい。

そんなつまんない、他愛無いわたしだけの嬉々とした
一方的な報告も、2004年の1月からこのブログを開設した
今年の8月のお盆の頃まで、ずっとHPに書き込んできた。

今はそれも、あまりにも虚しすぎる行動だった。
その間、わたしは2回もハローワークに裁判所や
労働監査基準局、弁護士事務所まで訪れたのだ。
その果ては、やはり「消去バースト」だった。

頭には、カーペンターズの「デスパラード」が
リフレインして、とぼとぼと自転車を押して歩き出した。

自転車を市民会館の自転車置き場に停めて、
わたしは、ダイレクトに隣接の建物の扉を押した。
「9月末日まで、アルバイトで働いていた者ですが、ちょっと
聞いてもらいたいことがあって来ました。」

メガネの中年の長身の男性がソファに案内してくれた。
「お話、伺いましょう。」
わたしは、市のアルバイト職員として、1年半のうちに5箇所の
保育所を転々としたものの、口先だけの
信頼関係や俊敏な連携を求められても、それが難しかったこと、
正職員以上の常に厳しい上司の監視下に置かれ、
その度に、精神的に追い詰められたこと、
他のパートを要請したからと、無理やり退職届けを書かされたこと、

最後は、正職員でさえ、一切面談のない
子育て支援室のK課長から、2度も呼び出しを受けて
「2度と勤めないように」と通告を受けたこと、
これは、明らかに弱い立場のアルバイトに対する人権侵害だ。
結局、この町の自治体の人間関係の悪さが、
市民生活にも影響を与えているのではないか。
とにかく、生まれ育ったこの町の自治体の職員たちから
受けた有形無形の精神的ダメージはあまりにも大きすぎる。

アルバイトでもそうなんだから、きっと正職員同士でも
そのようなことがあるのだろう。
『あなたのために、辞めた方がいい』と進言する正職員さえいたのだから。

メガネの男性は、だんだんと顔を曇らせていった。
「近くのK市では、アルバイトの身分も保証されていると聞いています。
市の財政が悪化していますので、確かにアルバイト雇用は増加していますが、そのような子育て支援室の実態は知りませんでした。」
男性職員にそれ以上のことばはなく、わたしは涙を拭って
その建物を後にした。

そんな昨日で、わたしはブログに向かうには、
あまりにも鬱々とした気分に苛まれていた。

駅前のマンションに住む友人を訪ねたが留守だった。
自転車を隣のG駅まで走らせ、G図書館へ行くと、
リストラのおじさんたちが、黙々と読書していた。
わたしは、モームの「環境の力」という文庫本を手に取り、
読んでみようとしたが、頭が受け付けなかった。

外へ出て、G神社の祠に手を合わせて拝んだ。
フェンスの傍に立って、周辺の町を見下ろすと、
ザワ~っと音を立てて周辺の木々がカゼにざわめいた。
「ああ、いいな。風にそよぐ木々の声に、何の悲しみも憂いも、不安も
何もなくただざわめいているだけだ。
わたしのそんな想いも風にとんでいってしまえばいいのに。」

自転車でまた走り出す。団地のあちこちに、
「変質者に注意!」だの
「危険だと思ったらホイッスル!」のポスターが目に付く。
この道を春には子どもたちと散歩で歩いたことも思い出しながら、
10月1日にフェンスの外側から運動会を見たK保育所を通過する。
午後2時、外にいるのは柵に囲まれた一人ぼっちの
アヒルのミケだけだ。

地球には65億人ものヒトが生きている。
日本は、世界で10番目に人口の多い国だそうだが、
少子化で1位ランクが落ちたそうだ。

誰かが生き残ろうとするときに、
誰かが犠牲を払わなければならない。
地球も黙してI先生と同じメタ・メッセージを
発するだろう。

わたしは、スコラ(スクールの語源で「暇な」という意味)を
もう少し味わってみよう。
そのどちらかの選択をする前に。


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2005/10/14 16:41 | 家庭教師 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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