こんなことって?(Is that good to be true!?)

昨日22日の正午前から今日の夕方を過ぎても雨が降り続いています。
4月の第5週目が終わりかけ、今晩のおかずは何にしようか?
まだ暮らし始めたばかりのちょうど1年前に比べたら、あまり献立で思い悩まずに拵えることができるようになりました。

今週19日火曜日には、早々と15日に応募面接した診療所から「お祈り封筒」なる不採用通知が返送されました。
期待してないんだけど、やはりちょっとは落ち込んで、それから気を取り直しました。
失業し、尚且つ子育てしていない専業主婦にはたっぷり悠々とした時間があります。
しかし、じ~っと何もせずに自宅にこもって、することといえば、日常茶飯事の家事ですが、
これも、主婦2年目に入ると次第に釈迦利器にがんばらなくてもいいようになってくるものです。

仕事もこうありたいものですが、2011年の新年の抱負として「継続は力なり」と誓ったはずなのに、
なかなか有言実行とはいかないのが歯がゆいです。
それにしても、組織の一従業員としての有償の平常勤務はマイペースとはいかないため、目まぐるしく瞬時瞬間が飛ぶように過ぎていきましたが、4月に入ってからこんなに悠々としていていいのだろうか?
ある意味、幸せなことなのかもしれません。

さて、その代わりに4月から私に新たな出会いと再会が待ち受けていました。
幼少期よりなんとなく違和感のあった姿勢の歪みとさかのぼること10年来の保育士時代から患ってきたぎっくり腰。
30代半ばより数回、発症しては、結局、医師から「安静に」とだけしか言われてきませんでした。

そこで、春分の日無料説明会で出会ったカイロプラクターのYさんに一縷の望みを託し、週1回の姿勢矯正施術を受けることになりました。高額な保険外診療を受けているのが正直辛い。
どんな業界にも多少の飴と鞭の原理が存在しているものだな~と、疑心暗鬼なオバタリアンになりつつあります。


今週21日の施術では、なりたてほやほやのセラピストOさんが肩甲骨と首、肩の緊張をほぐしてくれました。
そして、Y先生が仕上げに子ども時代からゆがんだ背骨と間接のバランスを整えてくれました。
「側彎は大分改善してきましたよ。」
ほんの30分のことですが、施術後はなんだか体全体の重だるい感じが軽やかに思えるのです。
そういえば、何もしなくても漫然と続いていた腰痛もなんだか和らいだ気がしてきました。

それから、Y先生が行きつけているというお好み焼き屋さんでランチタイムをご一緒しました。
一回りも若いのに、既に一国一城の主として「院長」の肩書きを持つY先生に小学生だった頃のお父さんのY先生の面影を重ねて「大したものだな~」と感心し、お好み焼きを3人で仲良く分け合っておいしくいただきました。
饒舌になった私の話も云々と屈託なく親身に傾聴してしてくださるY先生に思い切って本音を聞いてみました。

「Y先生、先週応募したクリニックは不採用でした。それで、従業員にしてくださるという話ですが、初対面からいきなり誰彼なしにって訳じゃありませんよね?」
「もちろんですよ。私、結構好き嫌いははっきりしてるんです。」
「では、本当に一緒に働く仲間に迎えてくださるんですか?どうして?」
「私は、ゆきんこさんに私の施術を提供できます。でも、私にはできないゆきんこさんの資質を生かして私をフォローしてもらえると嬉しいんです。ゆきんこさんがこれまで修めてこられた心理学や保育現場での経験がもったいないですし、きっと私とゆきんこさんの夢がつながると思うんです。」
「なんだか、プロポーズされたみたいにドキドキしてます。こんなところで何ですが、履歴書お渡しします。よろしくお願いします。」

それから、続いて4半世紀ぶりに開いた心理学のテキストをセラピストのOさんにお貸ししました。
先週、お会いしたとき、心理学を学ぼうと考えていた矢先だったと話されたので、テキストを持参する約束でした。
「私が現役大学生だったころのものなので、最新の内容ではありませんがよかったら一読してみてください。」
「たくさん線が引かれてますね。このテキストからテストも出題されたのですか?」
「どうも筆跡からすると、そうですね。こんなに当時勉強したんだなって今回、改めて読み返しました。」
「私には難しいです・・・」
「大丈夫ですよ。1年生のテキストですし、怖じけないでください。誰でも最初は何もわからないところからスタートするのですから。このテキストが抵抗感あるようでしたら、もっと簡易なものを探しなおしましょうか?」

そうこうしているうちに、タイムオーバー。
カイロの施術院からほど近い場所に位置する次なるお相手のワンルームマンションへ向かいました。
待ちかねていたNPO主宰のOさんが、お洗濯の真っ最中。
「遅れてすみませんでした。お手伝いしましょうか?」
「いや、もうすぐ終わるからええよ。このマット利用者さんが失禁したから干してたんやけど、臭うかな?」
「う・・・ん、大丈夫と思いますが。利用者さんが失禁って?」
「それが、昨日私が遠方まで外出していた間に、利用者さんが救急車で運ばれてね。今日はその片づけに追われてたの。」
「なんだか大変な時におじゃますることになって、よかったんですか?」
「いいの。あなたが前の職場辞めて、こうなること待ってたんだから。」
「ええ?」
「あなたと去年8月に会った時にも言ったけど、私の事業を引き継ぐ人を探してたのよ。」
「それが私ですか!?」
「そう?本気で考えてくれるなら、私は全面的にあなたをサポートするから。」
「どうして私に?私でいいんですか?」
「あなたは、あの知的障がい者授産施設☆で、共通の知り合いのYさんの部下だった。」
「まあ、そうですが、理事には解雇されたのですよ。保育士時代から痛めたぎっくり腰でもう支援員は無理だから転職をすすめられて、それで医療事務の仕事に変えたのです。」
「私だって、交通事故の後遺症で軽度の障がいがあるけど、こうして事業をやってるわ。」
「それは、Oさんのバイタリティならではでしょう。」
「それだけやないねん。とにかく、あなたの履歴をむざむざ葬るのはもったいない。」
「私にできるんですかね。母からは10年前に保育所経営を受け継ぐという話も浮上したのですが、結局、辞世の波にのまれ、取り潰したのです。」
「それや、それ!あんたも障がい児の保育士やったし、お母さんは保育所経営をしてきた。そのノウハウと私の事業は上手く合わせられるはず。あんた、直接支援するのは難色を示してるけど、企画はできるのとちゃうか?」
たじろぐ私に、Oさんは自分の思いを私に直球で投げつけ、5月企画の宣伝用チラシを手渡した。
「私が事業主だなんて、母が猛反対します。この頃、いよいよ認知症かかってきて頑固になってきたので込み入った話をするのは厄介で。」
「今すぐにとは言わないし、あんたのお母さんを説き伏せるのは難しいのもわかるよ。クセのある人だからね。あんたたちは共依存親子だから。」
「よくわかって下さって何といっていいか・・・」
「まあ、家族の理解が一番難しいとは思うよ。元上司のYさんはこの5月からグループホームも運営することになったけど、休日返上で他の仕事と掛け持ちで実現したんだよ!」
「すごいです!」

Oさんからの思いがけない提案にただ心がぐらつくばかりで、その夜は当然寝つけなかった。

障がいのある方々や困った方たちに自分にできる何かがしたい。
遠い幼い頃、自ずと目覚めたその思いに正直に今まで生きてきたつもりだった。
けれども、時代や、自分の身の置き所で遭遇する人々の間でもみくちゃになりながら、
いつしか、自分自身を主人公にするよりも、誰かの黒子でいる立場を知らず知らずに選択してきた。
その一方で、障がいのある人々に、真摯でひたむきな情熱を惜しみなく注ぐ人々にも接し、
ただ畏れ多い気持ちも湧いてきた。
なぜなら、そうした善良すぎて逞しすぎるに女性事業者の底力に比べて、アカデミズムに被れ、つい先月まで迷い彷徨いながらも障がいのある人々と出会い、別れて、さまざまの経験や思いを重ねてきた私は、フラフラと彼らの周囲を遊山してきただけのようにも思えた。

私の歩いてきた軌跡に素直な興味と理解を示し、これからの人生に前向きに愉しくかかわっていけそうな出会いに感謝して残りの半生を捧げてもいいのではないかと思っている。
新しい出会いに触発され思春期から青年期にかけて抱いていた情熱を甦らせた。
そして、当時の心理学読本やノートを改めて覗き込んでいた。

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テーマ : 一期一会。人生は出逢いで出来ている。 - ジャンル : 日記

コメント

すごいじゃん!! がんば~!!!

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小林さんへ

小林さん、大変ご無沙汰しております。久しぶりのコメントとてもうれしいです。ちっともすごくないずっこけ人生ですよ。
しかし、この先、どうなることやら?いつも危うい人生行路です、、
ところで、そちらは度々地震に揺れて不安な日々をお過ごしなのでしょうか?まずはご自愛くださいませ。
申し訳ないことに、約2年前から小林さんのブログにログインできず、コメントもできなくなりました。PCスキル低いため、ご了承ください。

ログインできない?? え~!?
禁止設定をクリアしてみたのでまたチャレンジしてみてください。
新潟は余震も少なく、あっても大きな揺れはほとんど無いので全く普段どおりのですよ。
ゆきんこさんのところへは、時々様子を見に来てますよ。
いつも応援してるからがんば~!!!

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