日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
トマトの花が咲きました。
2011年06月20日 (月) | 編集 |
6月後半に入り、梅雨本番。
晴耕雨読というので、じめじめと湿気た自室でじ~っと本など読んでいると、
乾ききらない洗濯物や自分にまで、カビが生えてきそうな気分、、、

人の心もある程度はお天気みたいにどうしようもないものですが、
そんな中でも、おや?と思ったささやかな瞬間を書き留めておきたい。

午後2時を過ぎて窓越しに雨の降り具合と同時に植木鉢を見てみたところ、
なんと、ベランダに並べたプチトマト11本のうち、
一番長く伸びた茎の先にとうとう花が咲きました!

3月下旬に、卵のパックに100均一で買ったプチトマトの苗を蒔いてみました。
授産施設に勤務するまで、私的にもほとんど関心がなかった農園の世界でしたが、
新居に移って2年目で、少し余裕ができたこともあり、何気なくトマトの苗を買ってみたのです。
農作業経験豊富な施設の同僚に「卵のパックを利用すれば発芽しやすい」とまでは教わっていましたが、
そもそも植物の面倒見が悪いこともあり、育たなければそれで仕方がないと思っていました。

ところが、意に反して、失業前後の3月下旬から4月上旬にかけて、次々と小さな芽がでてきました。
5月の連休を過ぎ、すくすくと苗が育っていきました。
卵のパックでは手狭になってきて、実家から空いている植木鉢をいくつか持ち帰り、育ちのよい10ほどの苗を植えかえて、残りは畑のボランティア活動をしている知り合いの方に引き取ってもらいました。

それから約1か月経ち、どの鉢のトマトも茎が伸びて毎日の水やりの度毎に伸びる姿が楽しみになってきました。
というか、今のところ、楽しみはそれくらいしかないのですが。

3年前の2008年4月新設ほやほやの授産施設に就職した時も、大きな畑でかなりの数のトマトときゅうり、茄子を栽培していました。
その時は、自分だけでやっていたわけでもなく、利用者の方々の支援や職場の人間関係のストレスに揉まれて、
野菜の成長にまで気配りなどできませんでした。

プチトマトの花は本当に小さくて目立ちません。
支援員当時は、花はいつ咲いたのか、黄色い花だということさえ、気づいていませんでした。

30歳の頃、私は大学の専攻科に入学を果たし、言語障害教育のコースに進学しました。
内地留学の各学校の特別支援学級を経営する諸先生方と親しむ傍ら、進路が決まらず宙に浮いていましたが、
既に世はバブル崩壊。ニート世代が増加し、就職氷河期まっただ中でした。
それでも、30にしてエスケープがてらの再学生生活は、現役大学生時代に引けを取らず、毎日が新鮮で楽しいことばかりでした。

心理学オタクだった私は、在学中の1年間学生相談室で定期的にカウンセリングも受け、それさえも楽しんでいました。特に、箱庭療法が楽しかったのですが、カウンセラーの先生は何もコメントせず、ニコニコと受容してくださっっていました。
どんな相談をしたのか、その内容も通っていたこともすっかり忘れかけていましたが、小さな黄色いトマトの花を見てF先生のことばをふと思い出しました。

「人はどのように生まれても、自分の意思でどこかへ行くことができる。人間は能動的だから環境を変えようとするか、悪しき環境から動いて逃れることができるわ。でも、植物は違う。植物は意思を持たないからどんなところに種が落ち、花が咲くかどうかもわからない。そんな草木でも、コンクリートの上やジメジメしたあまりいい土壌でなくても、根付いて花を咲かせている姿に私は感動するのよ。」

種から芽が出るかどうか期待していなかったプチトマトの苗がぐんぐん伸びて花が咲くとは、
何事もやってみないと結果はわからないものですね。
文字通りに「蒔かぬ種は生えぬ」の逆で、
「蒔いてみたら、花が咲いた」のでした。

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2011/06/20 14:49 | 日常の発見 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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