日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
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間接差別
2005年10月23日 (日) | 編集 |
今日で、中越地震からちょうど一年になる。
午後7時のニュースの冒頭が報じた。
被災地では、まだ仮設住宅で過ごす人々がいるそうだ。

ゆきんこの名前は偶然にも実はここからも由来している。
わたしの本名は、父方の祖母が名付けてくれたが、
祖母の故郷は、この地震の地付近、雪深い里であることにも因んでいる。
そしてわたしは、雪がよく降る冬に生まれた。

ブログは面白い。
いろんなことに興味を持ち、いろんな分野で活躍している
思いがけない人からのアクセス。
それが一番楽しい!

今日のお客さんは海苔男さんだ。
熊本の海で海苔の養殖や研究をしている人らしい。

午後2時にわたしは自転車で市民会館へ出かけた。
既に会議が始まって1時間あまりが経過していた。
わたしは、会場に入る前に、また廊下の一角にある催し物のちらしを物色していた。

「そろそろクリスマスコンサートか、
国際人形劇フェスティバル(11月3日~13日)これも楽しそう。」

第2会議室に入ると、丁度こんな宣言がされていた。
「戦後60年がたち、今、平和が脅かされています。
(略)今、憲法9条は世界の宝として、著名人から小さなグループの
無名の人たちから、9条守ろうの声が広がりを見せています。
ガレキの町、うめき声の町、空腹と無秩序の町は
地球上からなくさなければなりません。
大勢の仲間と気軽に話し合える、そんな地域社会づくりに
私たちは力を注いでいきましょう。
これからも「よく学び、よく遊び、健康をめざす」
を実行し、仲間を増やし、集めた力を、私たちは年金者組合H支部に
結集していくことを宣言します。  2005年10月23日」

休憩時間に入り、わたしはお菓子の入った紙皿を、
参加者のテーブルに並べた。

母の知り合いの組合員の数名の女性と挨拶を交わした。
「いつもお世話になっています。」
「お母さんに色々活躍していただいています。
素敵なお嬢さんね。」
「もうオールドミスです。」
「未だにパラサイトとしてます。」
「お母さんのもとを離れたくないのはよくわかるわ。
 ずっとミスだなんて素敵じゃない?」
「そうですね。この際だからずっとミスで居続けようかしら?
その方が、羨ましいって言われること多いんですもの。」

第2部の記念講演が始まった。
テーマは「9+24+25」-いきいき暮らす女性と憲法-
講師は 大阪市立大学名誉教授 柴田悦子先生だ。
柴田先生は兵庫県芦屋市在住。
芦屋はご存知の通り、インテリ族の多いお金持ちの町だ。

「みなさん、お若いですね。」と挨拶し、戦争体験を記憶に留める
シニアの女性たちに笑みがこぼれる。

「わたしの得意分野は憲法や女性問題ではなく、
実は国際物流論なんですが、それはさておき、
女性はなぜ強いのか?考えてみましょう。」
「女性は打たれ強い。」
「女性は傷めつけられている。」
「女性は生活の場で生きている。」
「そうです。どれも正解。
経済活動に駆り出されている男性は定時制市民、女性は全日制市民です。
長い歴史の中で、女性が強くならざるを得ない要素がたくさんありました。
男性陣が主にDVや酒場での憂さ晴らしをするのに比べ、
女性は3人寄れば、かしまし娘。
おしゃべりは脳の活性化にもいいわけです。
第2次世界大戦前の女性の社会的地位は、
参政権なし、男女別学、姦通罪など不平等でした。

では、戦争が終わって嬉しかったことはどんなことでしたか?」
「空襲が終わった。」
「親元に帰れた。」と私の母。
「ああ、疎開されていたのね。」
「寝巻きを着て眠れた。」
「電気をつけられた。」

「わたしは、芦屋に住んでいるので、阪神大震災も体験しましたが、
室内がぐちゃぐちゃになって、足元が危ないから、家族にはすぐに靴を履くように言いました。
戦争中、枕元に靴を置いていつでも逃げられるようにしていたことが
皮肉にも役に立ったのね。」

教科書では絶対に教えてもらえない真実。
戦時中のヒロシマの原爆投下の経緯のエピソードも興味をそそられる。
1944年、アメリカのルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相が
どこに原爆を投下するのかを相談した。
ドイツが降伏するのは時間の問題だが、日本は思いのほかしぶとく粘っている。
ヒロシマは投下するのに、最適のロケーションだ。
山がなく、平地が広がっているから、効果覿面!

そういうわけで、原爆投下に備えてそれまで空襲を受けなかった。
何も知らない庶民は、「ヒロシマは空襲がないから大丈夫」と
こぞって疎開してきた。ヒドイ!!
これに対し、ナガサキは「帰りの駄賃」
投下地予定の北九州は8月9日お天気は曇り
晴れていた長崎がターゲットに変更された。
ヒドイ!!! 

現行の日本国憲法が発布され、はじめて女性は男性と平等になった。
女性も大学に進学できるようになり、
柴田先生も、大阪経済大学の前身の高専から、大阪商科大学
(現、大阪市立大学)へ進学した。
300名の男子生徒の中でたった2名の女学生だったので
柴田先生は一躍、キャンパスの有名人。

20世紀後半に世界規模で男女平等が進んだことは、国連の果たした役割が大きい。
1975 国際女性年(メキシコ)を皮切りに10年かけて女性の社会的地位の向上に努めてきた。
1980 「女性に対するあらゆる形態の差別撤廃条約」(コペンハーゲンで署名)
1985 国際女性年世界会議(ナイロビ)
1995 世界女性会議(北京)
2005 世界女性会議(ニューヨーク)
これらの会議に各国のNGOの参加も増加した。

国連の動向に伴い、日本の法整備も確立してきた。
1985 男女雇用機会均等法
1991 育児・介護休業法
1999 男女共同参画社会基本法
2001 DV(ドメスティック・バイオレンス)防止法

しかし、今日解決を迫られる課題は山積している。
間接差別
バブル経済崩壊後の歪んだ日本企業の経営が、ルールなき
資本主義を生み出した。
労働組合のないやりたい放題、長時間労働を強いている。

若者に「やったっておんなじや。」という諦観
「組合活動はダサい」
「一人で勝手に生きていくのがカッコイイ」などの価値観を
上手く植えつけ、経営者は賢い弾圧に成功した。

雇用機会均等法は、文字通り、雇用のチャンスだけが均等に
なっただけで、求人票に、「男子のみ」の文面がなくなった絵に描いた餅だ。
採用時も昇格試験も、男性が無条件に優遇され、
なぜ不採用になったかの結果の開示はされない。
開示できるわけがない。
はじめから公正じゃないんだから。

先日、小泉首相は突然に靖国神社を参拝した。
A級戦犯を祀る神社にわざわざ参拝することに、物議を醸しているものの、日系企業の殆どが中国に流出し、経済的には既に持ちつ持たれつの日中関係は、簡単には崩れないだろうと柴田先生は、考察し指摘する。

「より安い人件費を求めて、日本から中国、中国から今度は東南アジア
へと、企業そのものが、世界をフリーターのようにさまよい、
利益を生み出すどころか、反って損失してクビを閉めている。
若い新人を採用しても、朝から晩まで扱き使い、使い捨てる雇用は、
若者に技術を継承できす、長期的に見ても、経済の大損失、果ては
倒産に追い込まれざるを得ない。
嘗てのGM車がトヨタに買収されたのは、アウトサイドのホテル業、
観光業に進出し、新技術開発のための研究費を削減したことが
敗因だ。」

100人のうち1人が秀才なら、あとの99人は大人しく従う人間でいい。
教育基本法もよく吟味する必要がある。
その結果、フリーターやニートなど
まちがった自由、いや、間違っているとも正しいとも
思わない、親世代と隔絶された若者世代が生まれた。
と柴田先生は解説。

②社会に染み付いた慣習
③ジェンダー・バッシング
④「新しい歴史教科書を作る会」からの
 ジェンダーフリーや、男女共同参画に対して攻撃

男女平等への妨害と攻撃は、政治の右傾化と無関係ではない。
戦後60年、世界と共に男女平等と女性の発展に成果をあげてきた
日本の女性たちは、今、逆風に負けてはいられない。
運動を続けてきたわたしたちのエネルギーとノウハウを
若い世代にどう伝えていくかが、重要な課題である。

質疑応答で、誰からも挙手がないのを見計らって
わたしは勇気リンリンで挙手した。
「わたしは、母の勧めで今日こちらに参りました。
社会力を提言したK先生の講演にも先週参加したのですが、
親子でどれだけ話をしているか、過去の体験が語り継がれて
きたのかも問題ではないでしょうか。
ヒロシマのことも、重い口をようやく開かれたことと思いますが、
今回の平和のことも、地球が安心して暮らせる環境を維持することに
危機的な状況になるまで、今頃山積みの問題を次世代にバトンタッチ
なんて、あまりにも責任が重過ぎるような気がします。
このような場に、友人を誘いたくても、選挙にさえ出かけない彼女らにどう理解してもらうのか難しいですね。
寧ろ、ごく幼い子どもたちに伝えることに、希望を見出したいと思います。
わたしは、障害児のサポートに従事してきましたが、最も弱い
立場の人が幸せであってこそ、女性だけではなく男性も幸せになれると思っています。」
「芦屋や西宮での平和の集会は、いずれも世代を問わず、満席で、
熱気を感じました。確実に、個々人の将来への危機感が強まっている
現れですね。」

7年前のキャンパスでカウンセリングも受けたことのあるY先生のことも思い出し、
わたしは、芦屋も探訪してみようと思った。



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2005/10/23 20:28 | 講演会 | Comment (1) Trackback (0) | Top▲
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2005/10/23(日) 23:03:16 | URL | ゆうたちゃん #-[ 編集]
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