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第9回 ファミリーハイキング

うっすらと雲のかかる水色の空。暑くも寒くもないいいお天気だ。

M町自治会文化部主催のファミリーハイキングに参加した。
母がお弁当を拵えて、9時に自宅を出発したが、なんと参加者は既に勢ぞろい。
「9時にM坂駅に集合ですよ。さっきからお宅に電話していたんです。」と担当責任者の女性に言われ、親子でペコペコ平謝りだった。

予定時刻の9時33分発の電車には余裕で間に合ったので、大きな迷惑はかけずにすんだ。
9時45分 K駅に到着し、周辺を散策しながら目的地へと向かう。

暇があっていいお天気のとき、わたしは気が向けば、目的地の周辺まで
小1時間、自転車を走らせていくことがある。
いつも、自転車でその看板の前を横目に通り過ぎながら、
一度は訪れたいとかねがね思っていた植物園だった。

看板の奥へ入り、新設の橋を渡って10時に植物園へ到着。
想像していた「温室の中の植物園」とは、随分かけ離れていた。
意外に大きい!!
敷地面積は、25.6ha 標高40~120m

リーフレットによると、
「昭和25年にO大学理学部の付属施設として発足し、植物の採集と保存に
努めてきました。とくに樹木の収集に力を入れ、当園の野外で生息可能な日本産の樹木の約450種育てています。また、単なる収集に留まらず、日本の代表的な樹林型を自然に近い形で造形しています。この他、学問的に重要な外国原産樹木、園芸的に重要な花木、草木類などの収集にも力を入れてきました。・・・」


只今、またもや近所のN町で、団地の5人家族が一酸化炭素中毒で
病院に搬送されたとニュースで報じられた。
どういうこと!?
26日にも、I4丁目廃棄物工場が爆発炎上事故を起したり、
殺人事件もあったところなのに・・・
ほんまにこの町に生きていることが怖い・・・

昨夜は、わが町に高遠菜穂子さんが来て、イラク戦争の
生々しい現状報告を聞いたところだから、
余計に怖いと思ってしまうのかな。

とにかく、わが町で度重ねて起きてしまう諸々の不穏な事件に
煽られるような不安が何をするにも邪魔をするわけで、
I先生の講演会でのさりげない誘い文句にも素直に反応できず、
前に進むのに躊躇を隠し切れない。

それにしても、隣のK市のこの植物園はわが町と違ってのどかだ。
鳥の囀り以外の騒音は何も聞こえないし、見渡す緑の向こうには
人為的な建物も見えず、水色の空が広がっている。
10月の花暦は、サザンカ、フヨウ、モクセイ、そしてコスモス。

M町住民参加者80名が広場に集まって、荷物を置いて解散。
植物園を自由散策した。
母と母の友人のFさん、わたしの3人で雑談しながらブラブラ歩く。
サクラ山の紅葉がきれいだという噂を耳にして行ってみたが、
葉はまだそれほど赤くなってはいなかった。

わたしが印象に残ったのは、セコイアやモミなどの植林された
外国産針葉樹園のエリアだ。
時節柄、コスモス以外の花々が見られなかったせいか、
植物園は一見して地味な印象もあったのだが、
モミや、見上げるほどの大きく立派な樹木が多いのが、他の植物園との
特徴的な違いだと思った。
だから、植物園というよりも、「樹木の多い自然公園」という感じで、
その辺りの自然公園よりも樹木の手入れは丹念にされているのだろう
という人為性も伺えた。

約1時間散策して、もとの広場に住民家族が集まると、
担当者の引率で、親睦タイム。
男性、子ども、女性の3グループに分かれて3列に並び、
「静かな湖畔で」の輪唱を楽しんだ。
3回目くらいで調子をつかんで息が合ってきた。




こうやって、住民が勢ぞろいして、レクリエーションを楽しむなんて
ことは、珍しい気がする。
80名という参加人数も過去最高だそうだ。
みんなが自然に拍手して雰囲気が和む。
子どもたちの参加も結構多くて、異年齢でもそれなりに
じゃれ合ってその場で遊びを思いついて仲良く楽しんでいた。

次に、「じゃんけんゲーム」
文化委員のFさんとTさんのどちらが勝つかを予想し、
二人の間に引かれたラインの左右に分かれて応援する。

わたしは初回のFさんにかけてあっさり負けた。
勝ち残った5名に商品券が贈呈された。
「いいなあ~」と負けて背後から眺めていた3人の女性。
「いいですね~」と振り返ってわたし。

それから、お弁当タイム。
家族連れのなかにベンチに座って独りで食べている参加者もいた。
「このままだとわたしもいつかは、一人になっちゃうのかな。」
「100歳まで生きるから。」
「え~、H市だけでも100人以上もいるんだよ。そんなに長生きしたら、わたしもいい加減お婆さんだから、十分じゃない?」

お腹が膨れてきて、話していると、そばでお母さんやおばあちゃんに
話していた女の子が自分から突然にわたしに話しかけてきた。
ススキを手に持って何度も撫でて肌触りを楽しみながら
「これみて、ふさふさしているでしょ?」
「うん。これなあに?」
「こうやったら、しろいのがふわ~ってとぶの。」
「ほんとだね。これ、すすきだね。しっぽみたい。
「わたしM町に住んでるの。」
「そう。わたしもだよ。」
「名前はえり。」
「えりちゃん。そうだ、この前ね、うちの近くにタヌキがいたよ。
びっくりしたけど、どこからきたん?ってきいたの。タヌキさんに。」
「それで、どうしたの?」
「お家に帰りやって言ったら、どっか行っちゃった。
だって、夜遅かったんだもん。」
「ふ~ん。・・・えりはさきちゃんのところに遊びにいくよ。」


不思議なのだが、わたしは黙ってそこにじっとしていても
子どもたちの方から話しかけてきてくれることがある。

それから、一行はある農家の畑まで移動して、芋ほりを楽しみ
そのまま1時半ごろに自由解散した。


母とわたしは元の道を反対に戻って、ハイキングコースへと向かった。
すると途中で、またえりちゃんに出会った。
「あれ?えりちゃん、一人でどうしたの?」
「あそこが、さきちゃんの家」
あとから、おばあちゃんがやってきた。
「友人の家がこの近くなんです。」

私たちは「バイバイ」と手を振って別れた。

幼い頃から何度も訪れている庭みたいに慣れ親しんだハイキングコース。
母と二人で歩くのは初めてだった。

2時過ぎにせせらぎに沿った石積みのコースの途中で、お弁当を食べる母子に会った。
2歳くらいの男の子がお母さんに
「おうちかえりたいよ~」と呟いた。
「お家帰りたいねぇ・・」と私が声かけると、
男の子は、ハッとした顔で私をじっと見つめた。
2歳児は、午後2時にもなれば疲労がピークに達するのは当然だ。
保育所では、通常は午睡の夢の世界のはず。

何の根拠もないのだが、数え切れない子どもたちとかかわってきた私に、初対面の子どもも、初めて会ったとは思わないようだ。

そんな印象を、わたしは憧憬のI先生にも覚えた。
わたしは、自然、子どものころのアニメソングを口ずさんでいた。
「♪ああ、終わりのない道だけど、ああ、君と歩いていこう。」

でも、わたしにはその勇気も覚悟もまだできていなかった。
帰りのK駅で「カードがない。」「きっぷがない。」と
騒いでいる母に、不親切に「認知症10秒前」と言い放つ自分を
凡人のままでいさせたかった。







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