日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
断シャリの季節
2018年04月03日 (火) | 編集 |
昨年の秋、突如転居先が決まり、それから年末になんとか引っ越しして、
年明けからなんやかんやと落ち着かない四半期が過ぎて行きました。

時々、PC立ち上げることはありましたが、主には家計簿つけたり、
確定申告とか、必要最低限しか使えなくて。

じゃあ、何してたかといえば、
ほとんど家事と介護。
暇があったらぐったり~
って感じの50代の幕開けです。

なるべくダイジェストに綴りたいが、
年明け早々、
賃貸マンションから一戸建てに移ったはいいが、
住み慣れるのに時間がかかりました。

4月はまだ3日目なのに、なぜか桜も散りはじめました。
年明けからの極寒と、インフルエンザの大流行はなんだったんだろう?
やっぱり異常気象ですかね。
春と秋が短すぎて、袖を通さずに過ごしてしまう服があります。

それで、1月の終わりには私も施設でインフルエンザをもらってきた実母からうつされて、
A型だったので、えらい関節痛でのたうちまわりました。

その間、仕事も1週間休んで、当然、母も自宅静養。
ああ~、ごはんはどうすんねん。
一番情けなかったのは、症状のピーク時に地元の警察から電話があり、
「おかあさんが迷子になり、交番で預かってます。身元引取りに来てください。」

なんで!?
まだインフルエンザ治ってへんのと違うんかい!?
「無理です、、、」

それから約1時間後、母は新居の玄関先にパトカーのおまわりさんに連れられて、佇んでいました。
いつもなら激情してしまいますが、
やっぱり同居するしかないんかな~
こういうアクシデントが約10年続き、更年期の症状を険しくしています。

認知症は母だけではありません。
独居老人の父の関係者から2月の終わり、突然、電話がありました。
「お父さんが要介護3となり、3月から老人ホームに入居します。」

この報せは、インフルエンザの流行中パトカーのお世話になった母よりもずっと「青天の霹靂」でした。
これまで何度となく、私たちを苛み、追い出しては追いかけてきた父が、
終の棲家として占拠していた居宅を出て行ったとは!

何もかも置き去りに身一つで出て行った父。
信じられないことにホームにはルンルンで入居していったとか。
そして、業者が後始末に来るまでの3月末日までに、
やっぱり私が尻拭い。
一人っ子の宿命で、私が確認するんかい!?

まだ健在ですから遺品ってわけじゃないですが、生前整理です。
つまり、父の住処は、嘗て母と私が最後に暮らしていた居所ですから、
50年前の父母の結婚式の電報とか、アルバム、子ども時代の宝物、
思い入れのある品々が封印されていました。

現在の私より、ずっと若かった独身の父、母のモノクロの写真まで。
じっくり見入ってる暇はないけど、拾い集めて、95%以上は全て
私の独断と偏見で処分、処分です。
両親が離婚して45年経ちました。
二人とも認知症になって、
結婚していたかどうかも、双方のことまで
すっかり忘れてしまったのに、
なんで自分に子どもがいることはちゃんとわかってるんでしょう?

引っ越ししたはいいけれど、
高齢の両親が元気なうちは、
更年期でヘロヘロになりながら、
やっぱり逃れられないんだなって、
ストレス満々にたまっています。


明日は母の居宅に業者が見積もりに来る予定。
母は雑巾と布巾、敷布の区別や、食べ物が新鮮なのか腐敗しているのかもわかりません。
先日トイレの水たまりの汚水で手を洗っているのを見つけて、
悲鳴をあげてしまいました。
それで、久しぶりにPCを立ち上げ、ネオレストか、アラウーノか、
検索していた次第です。











スポンサーサイト

---------------------------------------------------------------

2018/04/03 22:22 | 未分類 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック