FC2ブログ

初盆絵

2019年8月もとんでもない猛暑です。
今年は、2月に他界した伯母の喪中、目下父の忌中とあって、
アルバイトは盆明けまで休むことにしました。

故人はきっと極楽へ行けるだろうけど、
遺族には、諸々後始末があるからです。

昨日、8月1日午前中、葬儀を行ったH寺のおぼん法要に出席しました。
同じ町内、しかもこの自宅から徒歩1~2分で母の入居した老人ホームがあり、
同じ道沿いの隣に自治会館、そしてその1ブロック先にH寺はあります。
普段着での参加OK。しかも、1日~15日まで予約なしでいつでも都合よく
参加できます。

バリアフリーの本堂の引き戸を開けると、
門徒の皆々様、ほぼ満席で集まっていました。
金色に輝く阿弥陀如来の姿に手を合わせ、
なぜか癒されます。

その夜、私は加齢のせいか、寝言が激しいようですが、
何度も「助けて、助けて、助けて、」と
連呼していたようです。
朝、目が覚めて全然夢見を覚えていませんが、
阿弥陀様に言ってたのかしら?

住職様がひとりひとりの施主と俗名、享年、法名を読み上げ、
順番に焼香しました。
そして焼香が終わると、初盆の私たち、
特に令和になってからの故人を紹介してくださいました。
今年は初日から大勢が参加したことと、
100歳を過ぎて大往生の方も珍しくないと説話されました。

うちの場合は、父が初盆といっても、最新の故人。
未だ忌中で極楽へ行ってもないだろうから、
盆に帰ってくるってことあるのかな?

それとも、父はそもそも生家のZ寺へ帰ったかしら?
入院中や老人ホームでも、故郷のことを懐かしんでよく話していたらしいからね。

省みるに、父の直接の死因は誤嚥性肺炎だったけど、
もとは2月に大腿骨骨折して手術後ものすごく衰弱してリハビリも
上手くいきませんでした。

その時は、在宅介護していて、認知症の母の睡眠障害がひどくて
まだ老人ホームも見つからず、発狂しそうになっていました。

去年11月7日の夜、母が父より先に施設のベットから就寝時に転倒。
救急車で運ばれ、大腿骨頸部骨折と診断。即入院しました。
それから手術、リハビリは順調だったけど、認知症が進んで
独り暮らしはできなくなった。退院後は、レンタルベッドや転倒防止グッズも整え
在宅介護が始まりました。
私と同居できるようになって母は喜ぶも、
「あなたは天国、私は地獄」
通所施設の拒否、わがまま放題の言動や、薬の副作用。
悪化する一方の昼夜逆転生活に悲鳴をあげていました。

去年10月から家庭裁判所に母を伴い、成年後見人の申し立てをしていたのが、
転倒骨折前でよかったのだけど、
年明け1月に母の財産管理は選任の弁護士さんにお任せしている最中。
それから諸々の収支の連絡を取り合っていて、逆に面倒なことになっています。
けれども、認知症本人の財産を家族が悪用する例が後を絶たず、
家裁のお墨付きがなければ、1円たりとも本人のお金をつかってはいけません。
こんなに立て替えて親孝行してんのに、何も覚えていない母。
昨夏の申し立ての手続き自体がめんどくさく、勘弁してほしい生前整理も
メンドクサイ。


父が3月はじめに一度退院し、
同時進行で、その数日後、母の老人ホームの入居が決まったはよかった。
母は数日後、再び老人ホームベッドから転倒し、額を縫う大けがを負った。
まるでお岩さんのような容貌の母を今度は伯母の満中陰へ連れて行った。

その間も、父の容態はどんどん悪くなり、ケアマネから頻繁の連絡に
イライラして、あたったりもした。
「これじゃあ、両親が離婚して縁切った意味ないやん!」
「お任せします。父がどうなってもかまいません!」
施設は独居老人の身寄りがあれば、身元引受人として最期の最後まで
まとわりつき、実に鬱陶しかった。
母のことだけでも、くたくたになってるのに、身体がいくつあっても足りない。
一人っ子の両親二人丸ごと介護の辛さを、誰も代わってはくれない。

「助けて」
と寝言で連呼していたのはそういうことかな?

ある大腿骨頸部骨折の研究論文によれば、
平均発症年齢は80代で
女性に比べて男性の方が3倍死亡リスクが高いとあった。
どっちにしても死に至るよくある高齢者疾病だそうです。

両親ともに80代なかば。
両親ともに認知症。
そして、二人とも大腿骨頚部骨折、
二人別々に老人ホーム。
家事と仕事が儘ならない更年期障害の私。
介護している同僚はこの職場にいない。

3月~6月、私は母をマイカーに乗せて、父のホームや入院先へ見舞いに行った。
そのおかげで、下手な運転も慣れればなんとかで、
高齢者の相次ぐ運転事故に恐れおののきつつ、ハンドルを握っていた。
自分の通院も後回しで、2週間くらいはぐったりして家事も辛い。
この数年は弔事や法事が続いて、体調が悪くても欠席できなかった。
だから父の見舞いは無理が効かず、私の体調がよい範囲で、毎日はいけなかった。

6月の終わりに父が長年住んでいたマンションの管理人から電話があった。
「お宅のベランダに鳩が巣を作ってるよ」
ええ~!!
一難去って、また一難。
7月業者3者に相見積とって、12日施工。
やれやれ鳩の駆除に一件落着。
6月中、ターミナルケアを脱し、父の小康状態にまったく油断していた。

ケアマネS氏もこの2月~7月私の鬱陶しい態度に遠慮したのか、
「呼吸が苦しそうです。酸素入れてもいいですか?」
どうしてそんなこと、いちいち娘の許可が要るの?
あとのまつりなんだけど、
「危篤です!」ってメールすればいいやん。
たったこれだけで、仕事中断して、私はとんでいったのに。

というわけで、いよいよ危ないって状況は
家族は離れて仕事してたり、いろいろやってるんだから分かるわけない。

今となっては施設関係者のうるさい連絡はもうない。
父の遺影の笑顔がまだ胸にしみる。

スポンサーサイト



Comment

Post Comment

非公開コメント

Latest posts