今年、2度目の西山記念会館

午前11時前にバタバタと自宅を出発した。
昨夜さっさと床につけばいいものを、一人暮らしの週末は
わたしにヨサリを許可してくれるので、
丑三つ時まで、パソコンを眺めていられる。
・・・大学院のレポートが2つも後回しになっていても。

時計と競争しながら、乗り継ぎの駅の階段を駆け足で
上り下りして電車に滑り込みセーフで、いつもよりも
ロスタイムはなかったが、目的地に開始時刻に到着するには、
三宮駅で5分前は、もうひとつ隣の春日野道駅へは到底無理だった。

「今日は音楽会などで来たいのに来れない関係者も
たくさんいたみたいです。お陰で参加者のみなさんには着席してもらうことができたので、ほっとしています。」
1時5分頃、既に開演の挨拶が終わりかけている間に、
わたしはバタバタと空席を見つけて席に着いた。

座った丁度向かい真正面の演題に立ったプレゼンターのT先生は、
何を隠そう7年前の山の上のキャンパスのわたしの同窓生だ。
「神戸市の軽度発達障害への取り組みを通して」と題し、約1時間の
ご講議だった。
同窓の先生たちが、各方面の第一線で活躍する姿に、わたしは
羨望とあるいは、劣等感をこれまで助長させてきた。
当時の取り返しのつかない大失敗は、自分で蒔いた種だから仕方がないが、
所詮教育畑にいなかったわたしは、はなからプレゼンテーションがヘタクソで、
ディベートや何かと黒板の前に立てば、緊張感で口篭ったり、
持病である緘黙に苛まれていた。

しかし、当時の同窓先生の誰にもその事実を明かしたこともなく、
何より自覚もしていなかったのだ。
父と私は、当事者だったということを。

T先生のお話の中で印象的だったのは、平成16年のデータで
既に総数680件の電話相談やアセスメントの申し込みが殺到し、
平成18年度まで待機している方が90件近くも繰り越されているとのことだ。
「コーディネーター」という肩書きを持つ特別な先生たちは、
(すなわち、わたしの嘗ての同窓生の殆どはそういう立派な方々なのだが、)
異口同音に諭す。
「発達障害の子どもたちの多くが学校という縛り、家庭の中で
悩み、生きる術を自分で見つけられずに苦しんでいる。
まず、机に座ることから始まる。
叱られる→いやな経験が積み重なる→ずっと引き摺っていく」
そして不登校、ひきこもり

7年前に比べると、当たり前のことだが、専門用語は
随分と刷新された。
「反抗挑戦性障害」という用語も遅まきながら、
実は昨年の今頃、受験勉強の最中に知った。

「たったこれだけの工夫と配慮で、トラブルは解決するという
ケースも多いです。」

休憩時間になり、メインプレゼンターの竹田先生が
「韃靼麦茶」の宣伝をしておられたので、喉がカラカラだったので
早速、試飲してリラックスした。
トイレに並んでいると、わたしの後ろの先生が
そのお茶の紙コップを持ってふ~ふ~冷ましていた。
「おいしいですか?」
「ええ。麦のいい香りよ。」
「あれ、麦?」
「ええ、ダッタン麦茶ってさっき竹田先生が。」
「そうでした。」
いかにもベテランの女の先生は、すっかり嗄れ声だった。
竹田先生の言語障害の専門にかかれば、嗄声(させい)は立派な
「音声障害」だ。

「(間)ちょっとの工夫っていってもね、加配の先生が途中で
いなくなっちゃうと、担任一人ではとても・・・」
「わたしは加配の保育士でした。いつも追いかけて連れ戻す役です。」
「加配の先生がいると本当に助かるのよ。でもどこも赤字だものね。」
「特別支援に人材が必要なのに、実際には人手がいないんですから、
矛盾ですよね。わたし、いつも契約がきれる度に失業してますから。」
「竹田先生は、人手が足りなくてもどうにかしろって巡回の時は
仰るけど・・・」
「竹田先生、そんなことおっしゃってるんですか?」

さて、今度はいよいよ師匠の名誉教授の竹田節が唸る。
第8回 LD・ADHD・高機能自閉症へのかかわり方
「軽度発達障害といじめ・不登校について」
配布資料にはない談話をピックアップしてタクト(叙述)してみよう!
「1週間前、アメリカ・カリフォルニア州、ハリウッドの北部にある
ビレッジ・ブレーンという公立の発達障害の学校へ行ってきました。
幼稚園の年長から高3までの400名の生徒が在籍していますが、
誰もがセルフ・エスティーム(自尊心)が高い。
IQの高いアスペルガーの生徒たちのエリートコースまである。
費用は全額シュワルツェネッガーが出しています。」

0~2歳の「ゆさぶり症候群」などの虐待が、自動車事故の衝突に類似した脳と頭蓋骨がズレる脳障害を引き起こすことが最近明らかになってきた。
虐待する親は、虐待の体験を持っている。
親も子どもに取り返しのつかない罵声を浴びせる。
「あんたなんか産むんじゃなかった!」
「もう、何べん言ったらわかるの!」
「出て行きなさい!」

わたしは、そこで笑った。今だから笑えた。
幼少の父は祖父にそう言われて本当に出て行き、しばらく帰ってこなかった。

親の一言、教師の一言がグサリと胸に突き刺さり、
それをいつまでも根に持ち続けて、しっぺ返しがやってくる。
「オレなんか死んでもええねん。」
「殺したろか。」

わたしが、自分を当事者と自覚する13年前に
灯台下暗しでこの仕事に就いたけど、誰かのサポーターになったから
やっと父を許せるようになった。
そしてきっとキャンパスの父と崇めた先生のことも、
雪が解けるように多分、許せると思う。
その時、わたしの緘黙は、ようやく完治するだろう。

一番、興味をそそられたのは、創設して1年という
京都市立洛風中学校のユニークな不登校の専門教育だ。
生徒数43名 教師数19名 スクールカウンセラー3名
京都教育大学の学生ボランティア30名を要してなかなか贅沢な人員配置だ。
ちょっと見学に行っちゃおうかな?
ゆったり教育、芸術や科学、創造工房など、聞いた感じでは
あの「レッジョ・エミリア」幼児学校みたい!と思った。

ベルなし、校則なし、苛めなし、いつでもタイムアウトOKで、アロマの檜の部屋でキラキラした万華鏡の癒し・・・なんてサイコ~~!!
それでいて成績がアップしているというから不思議だ。

中身だけでなく、立地も烏丸御池の繁華街のど真ん中とユニーク。
「宇治少年院の更正プログラムや神戸市本山中学の運動中心のモデル事業に今後も期待と注目をしていきます。
時間オーバーしましたが、また次回お話したいと思います。」

4時を10分くらい回って、最新情報満載の講演会が終わった。
わたしは三宮まで一駅分、徒歩で帰路についた。
三宮の手前で、勤労会館の図書館を見つけ、ふらりと立ち寄った。
教育のコーナーには、I先生の「ABA入門」が入っていた。

1年前の同じ時刻、わたしはY町のキャンパスからバスターミナルへの
田んぼ道を歩いていた。
沿道の土手には、一輪の季節外れの白百合が咲いていた。

面接試験のI先生の顔がリフレインした。
「試験に際して、どんな専門書を読みましたか?」
「心理学の基礎知識と臨床心理学大全の教育と心理臨床を読みました。」
I先生の質問は何もなかった。どうしてだったんだろう?
「みんな合格させてあげたいけど、落ちてしまったらごめんなさい。」

それが、自分になるなんて、ちょっとくらいは思ったけどさ。
まあ、いいや。もう済んだことだもの。

今日はどんな面接だったかな?
受験生はほっと胸を撫で下ろしただろうな。
今年も沢山受けただろうな。

ああ、またレポートが後回しになっちゃった!
「チャングムの誓い」が始まるぞ。









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