日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
明日は選考日
2005年12月09日 (金) | 編集 |
午前10時、自転車で自閉症の療育施設「S園」の立て看板の前を横切って、生協で頼んでいた注文の品を母の代わりに取りに行った。

我が家は母と2人家族なので、受注品は牛乳、豆腐、ウインナーの3品だけ。いつも少ないけど、
今回は特に少なめ。

配送者の到着が遅れて、その間母の同僚だった昔馴染みのIさんと談話する。玄関を開けると、
犬のアムロがお尻のにおいを嗅いで尻尾を振って相変わらずのご挨拶をしてくれた。

「あんた今、どうしてんの?」
「夜は学校へ行ってるよ。毎回レポートが出るから、昼はずっとパソコンとにらめっこかな。」
「いい年なのに好きなことばっかりして、何だか暢気だね。世の中厳しいのに、いつまでもお母さんに甘えていてどうすんの?同い年でもうちの息子なんかは、外では支店長、ちゃんと家族を養ってるんだよ。どっちかっていうと、そんなにバリバリのキャリアウーマン風でもないのに。」
「うん・・・。40ぐらいになったらしようかな。」
「40でも子ども産めるわよ。」

この手のお決まりのオーソドックスな結婚観や幸福観を相変わらず
焚きつける普通のおばちゃんのお小言に慣れているつもりだが、
心中複雑だ。

好き好んで、4回も失業しているわけではない。
結婚だって、ご縁のものだから、過去の古傷が寒さに疼いたりする。
梅田に出れは、平日から老若男女がうろうろしている。
だからといって、今、積極的に仕事や目標に向かおうとしているのか?
そうではない。

本の虫ってわけでもなく、仕事熱心ってわけでもない。
でも周囲からは、鼻持ちならないとか、大学院になんか行って奢っているとか、敬遠されることも増えてきた。

子どもの前では、失業中でも自然なのか、営業なのかスマイルは出てくる。
プラプラしてるのもいやなので、週3日は一応学生の振りをして
ニートスレスレの精神状態で休まずに学校へ顔を出す。
昔から学校は居心地のいい場所だった。
休憩時間や、ざわざわする自由時間よりも、鎮まり返る先生の独壇の講義が好きだった。

昨日はハローワークへ、失業認定を受けに行った。
4年ほど前はリストラのピークでたくさんの人々が待合の椅子に腰掛けていたが、
昨日は数名だけで、受給資格者表を所定の箱に入れて、
座席にかけるとすぐに呼び出しを受けた。

それから、駅前のK百貨店に徐に寄り道した。
いつもは閑古鳥がないているのに、7階のお歳暮会場が賑わっていた。
扶養してもらっている奥様たちは、紙幣を惜しげもなく使う。
この暮れの時期に限ったことではないが、流通業界も熾烈な激戦が続いている。わが町の三越も37年目にして閉店した。

K百貨店の特別顧客会員になれば、5%~10%割引になるというのと、
文化サロンの無料のサービスもあるというので、偶然、コーナーに
飾られていた粘土細工の壁掛け作品に見入っていて、思いつきで
カウンターで申し込んだ。
「あの、お仕事は今、されていないのですか?」
「9月まではH市で働いていました。今は学生です。」
「学生さんでも入会はできますが、保護者の同意が必要なので・・・
でも、学生さんでも大丈夫ですねぇ?」
「仕事はなくても、お金はあります。仕事だって経営者の都合で
契約が切れたら辞めさせられるのです。クレジットカードを所持していればいいと言っても、講座にお金があるとは限りませんし、わたしは
いつもニコニコ現金払いです。その方が確実な支払いなんじゃありませんか。
お金持ちにしかサービスしないというのなら、ビンボウ人だって
お金が全くないわけではないのですから、寧ろ顧客を他の店に取られてしまって損失ではありませんか?」
「大変失礼しました。カード作成する手続きをさせていただきます。」

独身三十路女、しかも失業者に対する日本の風当たりの酷さは、欧米各国と比較しても甚だしい。
イギリスだか、オランダでは国が公的に同性愛者の結婚を認めているというのに。
男性なら結婚にしても、「手遅れだ」とか「まだ産めるのに」なんていうセクハラもない。

発達障害の子どもを持つ母の苦しみはわたしだって、痛いほど
20代のころから味わってきた。
いや、生まれつきといってもいい。
自分の無力さにいつも押しつぶされてバーンアウトしながらの失業だった。
もう、ボロ雑巾みたいな同じバイト生活はいやだ。
どんなに勉強しても、血のつながらない見返りのない子どもに愛情を注ぎ続けて、1円も儲からないボランティアでニコニコしている都合のいいおばさんになっていくなんて、自分が惨めじゃないか。
ABA論文を書きたいから、大学院に入った。
でも、I先生はあまりにも遠すぎて尊大すぎた。

Tさんに「被験者になってもらいたい」と再三再四お願いしてきたのに、
どうして事後になって逆切れされるのだ!?
「研究者たちは、結局、論文いっぱい書いてそれでご飯食べてるんだから、私たちを食い物にしてるんでしょ。ゆきんこさんの好きで大学院に行ったのも、論文を書きたいのもその動機がなんだかおかしいよ。
あなたに相談もしないことを、バイアスかけて見ず知らずの大学教官に晒したいわけないじゃないですか!!」
昨晩のセッションが終わって私は、初回に断った時以来、Tさんの前で泣いた。
「あら先生、子どもたちにまで苛められてるの?それってよっぽど、人気あるのねえ。何だか、苛めたくなっちゃうんだもの。」

火曜日のF先生はニコリともせず、すこぶるご機嫌斜めだった。
学内では論文のデッドラインが目前に迫ってきている。
わたしは、Kさんと呟き合った。
「研究論文って何の役に立つんでしょう?」
「役に立たない論文もあるんでしょうね。」
もし耳に入っていたら、きっと逆鱗に触れたんだろうな。

こんな精神状態で、明日、職業訓練校の選考会を乗り切れるんだろうか?
ケージの内にいようと外にいようと居場所のない慟哭のネズミになりそうだった。
こんな時は、行動するといっても、じたばたしても無理かな?
ちょっと好きな音楽でも聴いてみよう。
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2005/12/09 15:33 | 就職活動 | Comment (0) Trackback (0) | Top▲
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