日常の当たり前の何気ないことの中に 「あっ」というささやかな発見を一緒に 味わってくれませんか? でも、もしかすると、見過ごしている当たり前でない大発見かもしれません。
特別支援教育士養成セミナー
2005年12月25日 (日) | 編集 |
大寒波と大雪が一段落して、今朝の気温が昨日よりも3度上昇したら
シバレル~という感じはしなくなる。

感じることと考えること どっちも大切な人間のお仕事だ。
わたしは、至って凡人で、スケートでジャンプする技も、特に取り得も無いないけれど、
時々、第六感とか根拠も無い予感におそわれることってないだろうか?
傍から見ると、理由も無く突然サメサメと女優のように涙をこぼしているように見えることがある。

深夜、途中で目が醒めて、私は祖母を思い出してしばらく泣いた。
昨日、父の住処で祖母の手紙を発見したことは、偶然なのか、
亡き祖母の御霊がそうさせたのか?
こんなことは、ABAでは全く理論化できないことだ。そして何の根拠も無かった。
肩に祖母がいるような気がした。

「やっぱり、親父の夢枕に来たんだから、御祖母さん成仏していないんだろうか?」

今朝、自転車で駅に向かう途中も、私は祖母が背中にいるような気がしていた。背後霊??

昨日から私は、祖母と父の昔を思って何だか上の空だった。
今日は終日、大阪医科大学のキャンパスで資格を取るための養成セミナーに参加した。

3年前から年3~4回のペースで単位講座を取得し続けてきたが、
教師たちに囲まれて聴講するとき、今回はひときわ神経質になっていた。
そしてすっかり緘黙モードに陥っていた。

講義の最中にメモを取っていても、自然に涙が滲んできた。
どうしても、祖母がわたしの背中に居て、一緒に聞いているような
気がしてならなかったのだ。
「ゆきんこさん・・・ゆきんこさん・・・」

すごいわね。こんなセミナーに来て、がんばって勉強しているのね。
私も知っていたら、Aさんに辛い思いをさせずに何とかしてやれたのに
ごめんなさいね。
貴女を見守っているわよ。わたしの無念を晴らして、
どうか障害のある人たちのためにがんばってね。
あなたも辛いでしょうけど、一人じゃないわ。」

わたしは、誰のためでもなく祖母のことを思って泣いた。
どんなにどんなに、父のことが心配だっただろうかと。
私たち家族が困っているのを百も承知で、助けたくても助けられないことを切なく思っていただろうかと。

その祖母の手紙に託されていたやりきれない思いが自分に乗り移ったんじゃないかと思えるくらいに泪は溢れて、ガーゼのハンカチまで
ぐしょぐしょになった。

自分で生きているつもりでも、生かされていると思えるときがある。
どんなに抵抗してみても、生きる道は定められているような気がする。

わたしはどこへ行くのだろう。
これから何をするのだろう。

明日はまた美山へ行く予定だ。
雪は積もるだろうか?
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2005/12/25 18:51 | 悶々 | Comment (4) Trackback (0) | Top▲
コメント
この記事へのコメント
これからどこへ行くのか…
みんなその答えを探しながら生きているんじゃないかなぁ

コトバを置いて帰ってくれてありがと
ぜひ またいらしてください
2005/12/25(日) 21:44:48 | URL | 8 #-[ 編集]
コトバを置いて帰ってくれた人はさ
どこか通じるトコがあるって思ってるから

だから見に来させてもらってました
いけなかった?
2006/01/23(月) 17:18:13 | URL | 8 #-[ 編集]
8さん、コメントありがとうございます。
いけないだなんて反対です。感謝しているのですよ。
元旦にもコメントくださったでしょう?
私は自分の人生行路からことばの大切さをかなり意識してきた人間だと自負しています。
そのために、英語も韓国語も、日本語教師の勉強もしたのですから。

でも、私は、ことば以外のことばにも、どんなささやかなことにも気をつけていたいのです。
どうか、いつでも気軽に見に来てくださいね。
2006/01/24(火) 15:33:55 | URL | ゆきんこ #-[ 編集]
そっか よかった
こちらこそ ありがとです
2006/01/25(水) 06:15:13 | URL | 8 #-[ 編集]
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