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初めての講演会

雨上がりのいいお天気。そして、生暖かい小春日和。
「ローズマリーどこやったのよ?」
「外へ出して、桶の水につけて置いたよ。」
表へ出て、それを確認すると、身支度をして出発進行!

特急に揺られながら、ヘッセの自叙伝を読んだ。

行き先は、夜の学校でお馴染みの元町。
でも、目的の建物は、兵庫けんみん会館。
建物の中に入り、エレベーターに乗って気づいた。

「ああ、ずっと前に来たことあったな。確か、モンゴル旅行へ
行った時の旅行仲間のお誘いで、大正琴のコンサートに来たんだ。」
9階まで上がると、既に定刻間近い受付は、何人もの参加者が
列を作って並んでいた。

「お名前は?」
「ゆきんこです。」
「リストに載っていませんね。お連れの方は?」
「いえ。一人です。」
「では、こちらに改めてご署名ください。」
参加費は500円。資料代500円も高い!!
講演会はロータリークラブが後援のタダが当たり前のゆきんこには安くないお値段だ。

なんとか滑り込みセーフで、会場の後方に空席を見つけて座った。
主催は、兵庫県高機能広汎性発達障碍児・者・親の会
「ピュアコスモ」さんの講演会
講師は、ペック研究所・よこはま発達クリニック 
児童精神科医の吉田友子先生で、
講演テーマは、「高機能自閉症、アスペルガー症候群の理解と支援」
自分について悩んでいる人を支援するために必要なこと

児童精神科医は、日本では極少で、都道府県に1人いるかいないかだ。
その殆どは、この10年でようやく多数派になりつつある
発達障害児を対象にしていると言っても過言ではなく、
小児科医でも、PDDの認知ががようやく始まったところだ。

従って、午後1時から6時までみっちりアスペルガーのことについては、
語りつくせないという感じで、午後はあっという間に終わってしまったが、「ペックシンドローム」ということばはあっても、
緘黙のカンの文字さえ、ついぞ、吉田先生の口からこぼれることは
なかった。

それでも、色々の諸事情や圧倒的な症例の数に裏打ちされたと
思われる、真摯な不用意な慰めもない報告には、数人の
この業界の権威の講演を聴き続けてきた私としては、納得できるものだった。

印象に残ったことは、アスペルガーと一口に言っても、
全く同じ症状の人はいないわけで、個性に応じることが大切であること。遺伝の関連は否めないもので、誰にでもスイッチが入れば、
PDDは起こりうる卑近な障碍なのだ。と吉田先生は軽く流した。

しかし、一見、IQも高い優等生で、大人しく孤立しているタイプの
「アルーフ(孤立)型」に落とし穴がある。

思春期から社会人にかけて、受け身形、従い続けていつも
いい子いい子でお世話ばかりしてもらっていると、
「いや」とか「わかりません」「休みたい」などと意思表示できず、
トイレも我慢してサポーターなしでは、自分で動けなくなってしまうというのだ。

日本社会のコモンセンスが一般的に、そうした一切反抗しない、
従順な子どもを賞賛するという根深さも環境要因として大きい。

内容そのものに夢中になって「他人事」の範疇で、
症例を聞いているうちは、ABAを信奉してからお得意になっていた
メモも捗るのだけど、ふっと当事者モードに入ってくるとダメだ。

やっぱり、教育者や専門家は誰一人として私や父のことを理解も支援も
してくれなかったじゃないか。
I先生の前でも、ちっとも緘黙治ってないじゃないか。

すると、放心してきて、涙が滲んでくる。

こうしている間も、周囲の関係者がみんな怖くて堪らなくなって来る。
このまま、支援者にずるずる引き込まれて、一生を台無しにされたくない。
否応なく発達障害者の娘でも、母ではないのだ。
まだ、今なら選択肢があるのだ。普通に誰にも阻害されずに
生きていく権利が。

2回目の5時の休憩時間に、私はI先生の姿を見かけた。
鼓動は早くなり、その瞬間、駆け足で遠ざかった。

明らかに、私のI先生への思いは憧憬から憎悪の念に変っていた。
この会のサポーターでもあるI先生は、特別桟敷席にお出ましになり、
レジュメを一通り読み終えると、桟敷の衝立に左肘をついて
うなじに手を当て、吉田先生の話に傾聴された。
テーマは、クライマックスの本人への告知のについてだ。

「へ~」
「うん。知ってた。」
こういう淡々としたケースもあれば、
どうしたら普通になれるんだろうともがいて苦しんだり、
ゆきんこみたいに、臨床畑で、よその自閉ちゃんたちのサポートをしてきながら、
2年前に自分の緘黙と、父がPDDだか何かだろうと気がついた
「灯台下暗し」の場合は、フラッシュバックしたり、
反って不信感や混乱も招くケースも少なくない。

つまり、ブログの外からは決して出ないし、
下手にカミングアウトして、無慈悲な一般人に不用意に
傷つけられてしまうリスクも多い。
発達障碍の人々が増えている一方で、日本という国そのものは、
相変わらず障害者だけでなく、社会的弱者に配慮した
心理的支援システムが整ってはいない。

うちなんかは、確固とした聖職者・教育者一族でありながら父を
迫害し、勘当しておきながら何食わぬ顔をしているのだ。
そして、どの専門機関、教育機関にも、私の居場所はなかった。

私には居場所なんかもう何処にもない。
だから、作るしかない。
お金も、信じられる人も何の当てもない。

でも、夢は諦めていない。
私が渇望して止まない夢のクリニックは、亡き祖母の切なる願いだと
去年、最後のクリスマスのセミナーで気付いたからだ。

吉田先生は、何度か笑をとってくれたのに、
I先生ときたら、ただの一度も笑わなかった。
お正月くらいのんびりすればいいのに。
一笑もできないほど凹んでいるなんて、有馬温泉でも行ったらいかがですか?
いつも心配なんだからね。

「♪悲しみは雪のように」がアタマにリフレインした。
そして雨が降ったら、雪崩になるから、雪は侮れないですね。
雪に埋もれて篭っていたら、鬱々しちゃうし、こんな故郷に育ったオヤジが、おかしくならないわけないよね。

私は、悲しければ悲しいだけ、大袈裟に高らかに笑う。
そうしても、幸せなんて実感できない。

講演が終わったら、けんみん会館の自販機の中に面白いものを見つけた。
「あ!淡路島牛乳」

癒しやさんなんてペテンじゃないの?
牛さんは、お乳を人間にも飲ませてくれるよ。
青い空は、何も言わずに、心を清清しくしてくれるよ。
お月さんを眺めたら、今夜は隠れて逃げてしまった。
人なんて厄介な生命体が生まれるずっと前から
クタクタの地球を見守ってくれていても、疲れてしまうこともあるよね。

どうか、ゆっくりおやすみなさい。

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Comment

野ウサギ。 #-

先日TVでやってた「ハチ公」で改めて思ったけど、皆の目の前に同じハチ公は居るのに、それに気付く人気付かない人、何かを感じる人何も感じない人がいるんだよね。。。

2006/01/16 (Mon) 09:17 | URL | 編集 | 返信
るい #uvrEXygI

ゆきんこさん、こんにちは。
児童精神科医は都道府県に1人いるかいないか・・・っていうのは、初耳でした。そんなに少ないんですね。

「緘黙症」っていう言葉が「鬱」と同じぐらい浸透する日はまだまだ遠いんだろうなって切に思いました。HPやブログからそういう情報を微力ながら個人が発信していくしかないんでしょうか。。

なんだか考えさせられました。

2006/01/16 (Mon) 14:31 | URL | 編集 | 返信
ゆきんこ #-

野ウサギちゃん。ハチ公のお話、とても頷けます。
私たちの脳ミソって見たもの聞いたもの感じたもの全てを覚えていることはできません。
ハチ公は、毎日じっとそこにいるのに、いることさえ、
気づかれていない。いなくなって初めてかけがえのない
存在だったと気づいても遅いんですね。

るいさん、コメントありがとうございます。
児童精神科医のブログにコメントするのも一案かもね。
我々、緘黙のみんながしんどいってことを少しづつ
伝えていくことが大切なんですね。私もようやく重い口を開いております。

考えたこと、また教えてください。

2006/01/17 (Tue) 11:39 | URL | 編集 | 返信

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